ドル円相場から見る世界経済~今後の値動きはどうなる?

2019年1月3日、昨年末まで1ドル111円台で推移していたドル円は、一気に104円台後半まで突入しました。コンピュータートレーディングによる「フラッシュクラッシュ」が発生したためです 。

しかし、その後は小幅な値動きが続いています。ドル円相場の膠着状態はいつまで続くのか、そして今後のドル円相場はどのようになるのかを参考になる指標をご紹介しながら解説します 。

こう着が続くドル円相場

ドル円相場は2018年の値幅が9.68円と過去最高を記録しました。米中貿易摩擦など世界経済の先行き不透明感や、米金融政策の転換など円高を誘発する出来事が相次いでいるにもかかわらず、2009年に入っても小幅な値動きが続いています。

年初に起きたフラッシュクラッシュで一時的に動きがあったものの、これがなければ今年の値幅は5円程度と、歴史的な値幅になっている可能性があります。

足元のドル円に方向感が出ない最大の原因は、従来は逆方向に動いていたドルと円が同じ方向を向いているからです。従来、世界景気が好調な時はドル高・円安が進み、世界経済が失速するとドル安・円高が進みました。円はリスクオンで売られ、リスクオフで買われるという安全資産としての性格が強いからです。一方、ドルは好況時に金利上昇とともに高くなり、双子の赤字が意識されると売られます。

現在は、ドルも円も強まると見られています。ドルが強い原因は、米国経済が底堅いからです。中国や欧州、日本でも景気減速が顕在化する中、米国の経済指標は堅調です。昨年末に短期国債が長期国債の利回りを上回る「逆イールド」が起きましたが、2月の雇用統計では3.8%と驚異的に低い失業率が出るなど、米国経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は好調で、ドルは強くなっています。

ユーロ圏経済の失速で、 ECB (欧州中央銀行)は利上げの先送りを決め、日銀も金融正常化に動けずにいます。リーマンショック後の量的緩和で、新興国に流れた大量のマネーが強い米国に還流する動きが起きているのです。

一方、ドル高の動きは新興国への資金流入を細らせ、ドル建て債務を膨張させます。財政収支が脆弱な新興国経済を直撃し、世界景気に悪影響を及ぼしかねません。

市場のリスク回避ムードが投資家を円買いに走らせることで円高圧力を引き起こしているのです。現在好調な米国経済によるドル買いと、リスクオフの円買いが、ドルと円の膠着相場を生み出しているのです 。

ドル円相場は2017年10.17円、2018年9.68円と2年続けて年間10%以下という狭いレンジでの水位が続きました。1980年以降の40年間で見て、ドル円が2年続けて10%以下のレンジに止まったことは一度もありませんでした。

ドル円は、110円前後でのもみ合いが続いています。ただしドル円がかなり円安水準にあるということは、日米の物価上昇率が示しています。過去20年間米国の物価上昇率は、日本の物価上昇率よりも50%も高かったのです。

これは、同じ品物に対してドルの価値が50%下落していることを意味します。それにもかかわらず、ドル円の実勢レートが20年前とほぼ同じ水準にあるということは、今のドルは高すぎ、円は安すぎるということになります。

通常であればリスク回避で円高・ドル安になってもおかしくはありません。それにも関わらず為替市場の動きが乏しいのはなぜでしょうか。

市場関係者が注目するのが、日本の経常収支の変化です。日本は2018年の経常収支は19.2兆円の黒字。東日本震災後には5兆円を下回る水準が続きましたが、2015年以降に増加し、震災やリーマンショック(2008年)以前の水準まで回復しました。

累計では過去と大差ありませんが、内訳は大きく変わっています。経常収支は次の三つに分類されます。

 

1.輸入に伴う貿易収支

  1. モノ以外のサービス収支

3.海外投資先からの利子や配当の所得収支

 

注目は貿易収支の悪化です。2004年には経常黒字19.7兆円のうち、貿易分は14.4兆円。しかし、2008年のリーマンショック時には5.8兆円に縮小し、東日本大震災が起こった2011年には赤字に転落。2018年でも1.2兆円とかろうじて黒字を確保している程度です。

対照的な動きをしているのは所得収支です。2004年の黒字額は9.5兆円で貿易収支を下回っていましたが、2008年には13兆円で貿易収支と逆転し、2018年には18.8兆円まで拡大しています。日本の稼ぎ頭が貿易から投資に変わっている構図です。

貿易黒字は、日本企業が日本で生産したものを海外に輸出して得る外貨です。輸出企業は、国内従業員の賃金や投資家への配当を支払うため、海外で稼いで外貨を円に変える必要があります。これが円高要因になっていました。投機筋もこの値動きに追随するため、強い円高圧力となります 。

一方、所得収支の黒字は、過去の投資から得られる配当や利子収入です。必ずしも円に変える必要はなく、かなりの部分は外貨で海外の資産に再投資されていると考えられます。つまり、経常収支だけを見れば日本は現在も多額の経常黒字を稼いでいますが、中身を見てみると以前のような円買いを伴うような経常黒字ではなくなっているのです。

日本企業による対外直接投資も増加しています。日本企業による対外直接投資は、アベノミクスが始まる前までは一度も10兆円を超えたことがなく、2008年から12年までの年間平均投資額は約8兆円でした。

しかし、2013年以降は毎年10兆円を大幅に上回るようになり、2013年以降の年間平均投資額は約15兆円となっています。対外直接投資のうち半分程度は円売りを伴っていると推計され、企業による活発な対外投資によって円が強くなるのを阻止している要因になっています。

また、国内投資家による対外証券投資も増えています。円売りを伴っていると考えられる対外証券投資のフローを集計すると、投資が比較的活発だった2001年から2008年の平均投資額は約9兆円程度でしたが、2015年以降に急激に増え2018年に至っては、約19兆円に達したと見られています 。

為替相場を見る指標

それでは、為替相場の先行きを見通す上で役立つ指標を確認しましょう。

①内外金利差

内外金利差とは、日本と外国の金利差のことです。一般的に、お金は金利が高い方へ流れる傾向にあります。日本と米国で考えた場合、米国が金利を引き上げると、日本から米国にお金が流れ、円が売られ(円安)ドルが買われます(ドル高)。一方、日本の金利が上昇すると円高ドル安になる傾向があります 。

短期的な為替取引で利ざやを稼ぐ投機筋はこの内外金利差に注目しているので、短期的な為替レートの変動要因になります。また、日本など低金利通貨で資金を調達し、高金利通貨で資金を運用するいわゆる「キャリートレード」もこの内外金利差を利用した為替取引です。

内外金利差を見る際に比較的よく用いられるのは、2年国債利回りと10年国債利回りです。2年国債利回りは中央銀行の政策判断を反映しやすいとされている一方、10年国債利回りは生命保険会社などの債券投資判断に影響するとされているからです。

為替取引は様々の要因で変動するので、局面ごとに内外金利差の反応は異なりますが、2007年以降、日米金利差の縮小に伴い円高が進んだ局面では、ドル円と顕著な相関が見られました。一方、2014年以降に金利差が拡大局面に転じると、相関は薄れましたが円安方向でした。

現在は 、FRB( 米連邦準備制度理事会)が利上げの継続を一時停止したため、米長期金利は低下しています。従って、日米金利差はドル安・円高を後押しする要因であり、少なくともドル高の勢いを抑制する方向に作用するものと考えられます。

ただ、注意したいのは市場が見ているのは金利水準だけではなく、この先、金利差が開くか縮まるかという方向性です。今後市場が金利差縮小をさらに意識すれば、円高に触れやすくなります 。

②IMM通貨先物建玉

為替取引は、90%以上が投機的な取引だといわれています。ですから、為替レートに大きな影響を与えるのがヘッジファンドに代表される欧米の投機筋の相場観です。それを端的には表すのが、米国の通貨先物市場における投機筋の建玉未決済残高です。

 

建玉は「ポジションといわれ、買い持ちを「ロングポジション」、売り持ちを「ショートポジション」といいます。「円ロング」といった場合は、手持ちに円の買いポジションがある状態です。

円ロングが増えているという状態は、投機筋は円が目先上昇する、つまり円高が進むと見ているわけです。逆に円ショートの場合は、円安が進むと見ています。具体的に市場が最も注目している建玉が「IMM通貨先物ポジション」です。

世界最大の先物取引所である CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)の一部門であるIMM(インターナショナル・マネタリー・マーケット)に上場している通貨先物取引の建玉です。

ドルや円、ユーロ・ポンドなど先進国通貨はもちろんのこと、ロシア・ルーブルやブラジル・レアルなど新興国通貨も取引対象になっています。建玉は商業部門と非商業部門に分けて公表されており、非商業部門の建玉が投機筋の動向を示す指標となっています。

実際、非商業部門の円先物の建玉をドル円の推移と比較してみると、先物の買い越しが続くとドル安・円高に振れ、売り越しが続くとドル高円安に振れる傾向にあります。また、売り越しと買い越しどちらが極端に膨らむと、反転を見越した反対売買による建玉の決済が進みやすくなります。

足元では円の売り持ち高が積み上がっています。つまり、投機筋は短期ではドル高・円安を見ていると判断されます。

③購買力平価

購買力平価とは、貿易相手国の物価と比較して為替を計算する方法です。長期的な為替の見方を表し、物価が上昇するとその国の通貨は安くなります。例えば、コーラ一本がアメリカで1ドル、日本で100円ならば、1ドル=100円が妥当みなされます。日本でインフレが進み、コーラが150円に値上がりした場合、米国で1ドルのままなら、1ドル=150円となり円安傾向になるのです 。

現在は米国の物価上昇率(インフレ率)が日本よりも高いので、購買力平価で考えた場合、ドル円は長期的にドル安・円高方向に進むと解釈できます。現在の日米の状況を見てみると、両国の中央銀行は2%の物価目標を設定しているため、これを一つの基準として為替レートの方向性を考えることができます。

アメリカのインフレ率が日本よりも2%に近い状態が続けばドル安・円高方向となり、日本の方が2%近ければドル高・円安方向、物価上昇率が日米で同じなら横ばいとなります。購買力平価は、生産者物価・消費者物価・輸出物価のどれを採用するかによって数値が大きく異なりますが、70年代以降の超長期で見ると緩やかなドル安円高方向で推移しています。

③経常収支

先ほども触れましたが、経常収支についてももう一度詳しく見ておきましょう。国際収支の主要な構成項目である経常収支も為替レートに影響を与える重要な要因です。経常収支の項目は、貿易収支・サービス収支・所得収支で構成されますが、為替レートの決定要因におけるフローアプローチすなわち為替レートは貿易取引などから生じる通貨の需給で決まります。

例えば、米国への輸出が増えると米国から受け取るドルが増え、日本ではそのドルを売って円を買うので、円高ドル安傾向になります。もし海外景気がよければ日本企業の海外売上が伸びる結果、円転換の際の円買い需要も大きくなり、円高が加速するのです。

経常収支は国内外の景気動向などをファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)の影響を受けやすいため、長期の為替レートの決定理論といえます。ただ、先ほども解説したように、最近は経常収支の中身が貿易黒字から第一次所得収支の黒字にかわり、以前ほどの円高要因ではなくなっています。

 今後のドル円相場は?

このように為替レートは様々な要因で決まるので、方向性を見極めるのは難しい状況です。しかも過去2年間にわたり105円から115円のレンジ相場が続いています。ただし、短期的にはやはり米国の金利動向が注目されます。

FRB は昨年末から年始の急変に背中押され、利上げを辛抱強く待つ姿勢を打ち出しました。しかも量的緩和の正常化も年内で打ち切る方針を示しています。これは金利上昇という昨年までのドル高への圧力が和らぐことを意味します。

さらにリスクオン相場になることにより資源価格の上昇が続けば、資源国通貨高を通じたドル安要因となり、新興国から米国への資金流通懸念も和らぎます。

昨年はトルコリラなど新興国通貨が大幅に下落しましたが、こうして見ると2019年のドルは2018年ほど強くはなさそうだと想定されます。

リスクオンとなれば円安圧力が高まる場面も見られ、日本勢の直接投資や証券投資といった需要も強まるでしょう。ドルは安くなるものの円売り要因も重なり、レンジを突破するような値動きはなかなかでづらいということが考えられます。

トランプ政権による自動車関税の発動と、それに伴う日本の景気と国際収支の著しい悪化など大きなショックがあれば別ですが、現段階ではそのような状況は想定されず、しばらくもみ合いが続くと予想します。

まとめ

今回は膠着が続くドル円相場と為替要因を決定する要因について解説しました。2年ほどを10円程度の狭いレンジが続いているので、きっかけ次第で大きく動くことも予想されますが、現在のところはレンジ相場が続いています。

最も注目される原因は、経常収支の変化です。日本は輸出企業がメインなので、貿易収支が注目されていましたが、現在はかろうじて黒字を確保している程度です。対照的な動きをしているのが所得収支。

貿易黒字であれば輸出企業は国内従業員への賃金や投資家への配当を支払うため、海外で稼いだ外貨を円に変える必要がありますが、所得収支であれば受け取る債券の利子などは円に変えず、外貨のまま投資に回されることが多くなります。

また国内投資家による対外証券投資も活発化しています。2012年のアベノミクス以降の6年間で投資家が対外投資を通じて訴えの総額は100兆円に達していると推測されます。このような巨大な対外投資が、米国が金利引き上げを見送る状態になっても円高が進まない要因の一つと見られています。

ただ、日本は依然として世界最大の対外純資産国で、円が安全通貨であるということには変わりがありません。2018年のように米中貿易摩擦の激化やヨーロッパでのブレグジットショックなど、本格的な世界経済の減速ムードが広がった時は、円高に振れるリスクがあります。当面はレンジ相場が続くと予想しますが、円高への警戒感は怠らないようにしましょう

 

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