売上が前年より伸びたとき、その伸びが「買う人が増えたから」なのか「1人あたりの金額が増えたから」なのかは、合計を見ているだけでは分かりません。分けて見るには、顧客の数と、顧客1人あたりの売上を別々に数える必要があります。社内で数えようとすると、ここで「顧客を何で数えるか」「どの期間で区切るか」が決まっていないことに気づきます。
米国で眼鏡を販売するワービー・パーカー(Warby Parker Inc.。ニューヨークに本社があり、米国のSECへ報告書を提出しています)は、この2つを四半期ごとに公表しています。アクティブ顧客(Active Customers)と、顧客あたりの平均売上(Average Revenue per Customer)です。しかも、どちらも計算方法の説明が添えられています。
2026年第2四半期の発表では、アクティブ顧客が2.71百万で前年同期比4.1%増、顧客単価が336ドルで6.6%増でした。2024年通期は顧客数が7.8%増、単価が6.8%増でしたから、伸びの出どころが顧客数の側から単価の側へ入れ替わっています。
この記事では、同社がSECへ提出した5期分の決算発表と年次報告書に書かれていることだけを使って、2指標の定義、5期の推移、顧客数を増やしている装置、そして自社で同じ分解をするときに先に決めることを整理します。金額はすべて原文の表記どおり米ドルで書き、円へは換算していません。会計年度は12月31日に終わる12か月で、確認日は2026年10月20日です。
公表されているのは「売上」ではなく「割り算の答え」
まず2つの指標の説明を押さえます。アクティブ顧客はこう書かれています。
unique customer accounts that have made at least one purchase in the preceding 12-month period
直前の12か月間に少なくとも1回購入した、ユニークな顧客アカウント、という説明です。人数ではなくアカウントの数だと明示されている点が、自社で真似するときに最初に効いてきます。顧客単価の側はこうです。
the sum of the total net revenues in the preceding 12-month period divided by the current period Active Customers
直前12か月の純売上の合計を、当期のアクティブ顧客で割ったもの、という説明です。式としては単純ですが、ここで見落としやすいことがあります。分子にあたる「直前12か月の純売上」が、決算発表に単独の数値として載っていません。発表に出てくるのは四半期の売上と通期の売上で、12か月の移動合計そのものは示されていません。つまり公表されているのは、割り算の答えの側だけです。
窓が12か月であることは、読み方を変えます。ある四半期に新しい取り組みを始めても、その効果は12か月の合計のうち3か月ぶんにしか反映されません。逆に、1年前の良かった時期が窓から抜けていくだけで数値は下がります。月次や四半期の指標と同じ速さで動く数値ではないということです。自社で同じ指標を置くなら、動かない時期があることを先に共有しておかないと、「施策が効いていない」と誤って判断されます。
5期を並べると、どちらが効いているかが入れ替わっている
同社の決算発表から、顧客数と単価の伸び率、売上、期末の店舗数を並べます。2023年通期から2026年第2四半期までの5期です。
| 期 | 純売上(百万ドル) | アクティブ顧客 | 前年同期比 | 顧客単価 | 前年同期比 | 期末店舗数 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2023年通期 | 669.8(12.0%増) | 2.33百万 | 2.5%増 | 287ドル | 9.3%増 | 237 |
| 2024年通期 | 771.3(15.2%増) | 2.51百万 | 7.8%増 | 307ドル | 6.8%増 | 276 |
| 2025年通期 | 871.9(13.0%増) | 記載なし | 7.0%増 | 324ドル | 5.7%増 | 323 |
| 2026年第1四半期 | 242.4(8.3%増) | 2.69百万 | 4.8%増 | 331ドル | 6.9%増 | 337 |
| 2026年第2四半期 | 235.5(9.8%増) | 2.71百万 | 4.1%増 | 336ドル | 6.6%増 | 352 |
売上の列は、上3行が通期、下2行が四半期です。同じ列に並んでいますが期間が違いますので、上下の金額を直接比べないでください。アクティブ顧客と顧客単価の列は、5期すべてが過去12か月の値です。2025年通期については、伸び率7.0%だけが示されていて絶対数の記載がありませんでした。逆算すれば数字は出ますが、それは当社の計算になるため、ここでは「記載なし」として空けています。
5期を通して見ると、両方が伸びている状態は変わりません。変わったのは比重です。2024年と2025年は顧客数の伸びが単価を上回り、2026年の2四半期は単価の伸びが顧客数を上回りました。顧客数の伸び率は7.8%、7.0%、4.8%、4.1%と下がっています。一方で単価の伸び率は6.8%、5.7%、6.9%、6.6%で、5%台まで落ちた通期のあとに6%台へ戻っています。
ここで注意したいのは、伸び率の高さだけを見て優劣をつけられないことです。同じ伸び率でも、母数が違えば増えた実数が違います。2023年通期の顧客数2.5%増は2.33百万に対する比率で、2026年第2四半期の4.1%増は2.71百万に対する比率です。率が高いほうが、増えた顧客の実数も多いとは限りません。率だけの比較は、方向の判断を取り違えます。
顧客数を増やしている装置は、店舗だと書かれている
顧客数が増える経路について、同社の年次報告書(Form 10-K)には具体的な記述があります。事業のリスク要因を説明している箇所にこうあります。
We have historically generated a significant portion of our revenue from our retail stores, and our growth strategy depends, in large part, on acquiring customers through the growth of our retail store base.
売上の相当部分を小売店舗から得てきており、成長戦略は店舗数の拡大を通じた顧客獲得に大きく依存しているという説明です。オンラインで始まった事業の説明としては意外に読めますが、同じ報告書は店舗の積み上がりについても書いています。
Approximately 65% of our retail stores have been opened in the last five years.
店舗の約65%は直近5年間に開店したものだという記載です。実際の店舗数の推移は、決算発表の数字で追えます。
2023年末の237店舗から、2026年第2四半期末には352店舗になっています。2025年通期は純増47店舗、2026年第1四半期は純増14店舗、第2四半期は純増15店舗で、2026年通期については50店舗の新規開店を計画していると発表されています。顧客数の伸び率が鈍っている期間も、店舗は増え続けているという並びです。
10-Kは、オンラインと店舗の関係についても説明しています。多くの顧客がオンラインで検討を始めてから店舗を訪れ、逆に店舗を起点にした顧客が最終的にオンラインで購入することもある、という内容です。どちらか一方の経路に顧客を割り振る前提では書かれていません。自社で店舗やイベントの効果を測るときに、最後の接点だけで経路を決めてしまうと、同じ構造を取りこぼします。
単価が上がった理由の内訳は、発表資料に書かれていない
単価が5期連続で上がっている理由は、商品の構成なのか、価格の改定なのか、1回あたりの購入点数なのか。確認した決算発表には、その内訳の記載がありませんでした。書かれていたのは、利益率と費用の側の数字です。
| 項目 | 2023年通期 | 2024年通期 | 2025年通期 | 2026年第2四半期 |
|---|---|---|---|---|
| 売上総利益率 | 記載を確認せず | 55.3% | 54.0% | 記載を確認せず |
| 販売費・一般管理費 | 65.3% | 59.2% | 54.6% | 56.6% |
| 同(調整後) | 記載を確認せず | 52.5% | 49.7% | 50.6% |
販売費・一般管理費の売上比は、2022年の75.6%から2023年の65.3%、2024年の59.2%、2025年の54.6%へ下がってきました。売上が増える一方で費用の比率が下がり、2025年通期には純利益1.6百万ドルで初めて通期の黒字になったと発表されています。2026年第1四半期の純利益は3.2百万ドルです。
ただし2026年第2四半期は、販売費・一般管理費の比率が前年同期の55.1%から56.6%へ上がっています。発表はこの増加について、主に店舗の人件費と技術関連の費用によるものだと説明しています。2026年通期の見通しとしては、純売上959百万〜976百万ドル(10〜12%増)が示されています。
マーケティング費用の金額は、この会社の損益計算書に独立した行として出てきません。純売上、売上原価、売上総利益、販売費・一般管理費という並びで、広告費はその中に含まれる形です。したがって「単価を上げるためにいくら使ったのか」を外から読むことはできません。費目の区分が公表の形によって変わるという問題は、Wiseの口コミ比率と広告費を読んだ記事でも同じ形で出てきました。
自社で同じ分解をするときに、先に決める3つ
この事例から持ち帰れるのは施策ではなく、数え方です。同じ2指標を自社で置くとき、計算を始める前に決めることが3つあります。
| 決めること | 選択肢の例 | 決めないと起きること |
|---|---|---|
| 窓の長さ | 過去12か月/過去3か月/当月 | 期間がぶれて前年と比較できない |
| 「1人」の単位 | アカウント/個人/法人/世帯 | 同じ人が複数に数えられ、単価が下がる |
| 分子の売上 | 純売上(返品・値引き後)/総売上 | 返品の多い月だけ単価が跳ねる |
ワービー・パーカーの場合、この3つは「過去12か月」「顧客アカウント」「純売上」と明示されています。だから外部の読み手が、別の期と比べられます。自社の数値を社内で比べるときも、同じ明示が必要です。四半期ごとに窓の長さを変えたり、途中からアカウントを個人へ名寄せしたりすると、増減の原因が指標の定義変更なのか事業の変化なのか分からなくなります。指標の定義をそろえる手順はKPIレポートの作り方で扱っています。
もう1つ、混同されやすい点を分けておきます。顧客単価(過去12か月の売上を顧客数で割った値)は、LTVではありません。LTVは顧客が取引を続ける期間全体で見る値で、窓の長さが違います。12か月の単価が上がっても、2年目以降に離脱が増えればLTVは下がります。両方を同じ表に並べるなら、期間の違いを列の見出しに書いてください。考え方の整理はLTVを上げる方法にあります。
読み違えやすい3つの点
1つ目は、2つの伸び率を組み合わせても売上の伸び率にはならないことです。2026年第2四半期は顧客数が4.1%増、単価が6.6%増ですが、四半期の売上の伸びは9.8%です。2指標が過去12か月の窓で測られているのに対し、売上の伸び率は四半期どうしの比較だからです。期間の違う数値を掛け合わせて検算しようとすると、合わない理由を探して時間を使うことになります。
2つ目は、単価が上がることを一律に良い兆候と読めないことです。単価は割り算の答えなので、分母の顧客数が減っても上がります。この会社の場合は顧客数も増えているため分母の縮小ではありませんが、自社で単価だけが上がっているときは、まず分母の動きを確認する順番になります。顧客単価そのものを動かす施策については客単価を上げる方法で扱っています。
3つ目は、伸び率の鈍化を、そのまま需要の後退と読めないことです。顧客数の伸び率は7.8%から4.1%へ下がりましたが、同じ期間に店舗は276店から352店へ増え、通期の売上は13.0%増から10〜12%増の見通しになっています。鈍化と減少は違いますし、母数が大きくなるほど同じ実数でも率は下がります。売上全体を分解して優先順位をつける考え方は売上を上げる方法にまとめています。
確認した資料に書かれていなかったこと
探したものの、確認した5期の決算発表と年次報告書の範囲では見つけられなかった項目を挙げます。埋めずに残します。
顧客単価が上がった要因の内訳です。商品の構成、価格の改定、1回あたりの購入点数のどれがどれだけ寄与したのかは示されていません。マーケティング費用の金額も独立した行としては出てきません。販売費・一般管理費に含まれる形です。新規顧客と既存顧客の内訳も見当たりませんでした。アクティブ顧客は12か月に1回以上購入したアカウントの合計で、そのうち何件が新規かは分かりません。店舗ごとの売上や顧客数、オンラインと店舗の売上比も、確認した資料には記載がありませんでした。
いずれも「社内に無い」という意味ではありません。決算発表と年次報告書は投資家に向けた文書で、載る項目はその目的で選ばれています。外部の読み手が確かめられる範囲がここまで、ということです。
この分解を、自社の数字で始める順番
最後に、手順として並べ直します。はじめに窓の長さ、顧客の単位、分子の売上の定義を文章で書き出します。次に、その定義のまま過去の数字をさかのぼって集計し、顧客数と単価の2本の推移を作ります。そのうえで、どちらの伸び率が高い期間なのかを見ます。顧客数の側が高いなら獲得の経路を、単価の側が高いなら購入の中身を見る、という順番です。
ワービー・パーカーの5期で起きていたのは、顧客数の伸びが7.8%から4.1%へ下がる一方で、単価の伸びが6%台を保ち、店舗は237店から352店へ増え続けたという推移でした。同社の資料から読み取れるのはここまでで、単価が上がった中身は公表されていません。外から読める範囲と読めない範囲を分けて記録しておくことが、他社の数値を自社の判断材料にするときの最初の作業になります。
海外企業の取り組みを公表資料から読み解いた記事は海外マーケティングにまとめています。
この分野の実務を相談したい方へ
記事で扱っている内容は、当社が実務として支援している領域です。 自社で進めるか外部に任せるかの判断からご相談いただけます。