インフルエンサーに依頼する前、相手の過去の投稿をどこまで見ているでしょうか。直近の投稿をいくつか眺めて、問題がなさそうなら進める。多くの現場で起きているのはこの形だと思います。そして起用後に問題として持ち出されるのは、たいてい見ていなかった範囲です。何年も前の発言、動画の途中の一言、画像に焼き込まれた文字。人の目で全部を追う前提にした時点で、確認は「やったことにする作業」に変わります。
インフルエンサーマーケティングを手がけるViral Nationは、この起用前の確認を自社サービスとして持ち、Google CloudとGeminiで動かしていることを公開しています。公表されているのは、何を見ているかという範囲と、移行後の運用の数値、そして決めるのは人だという線引きです。
先に出典の性格を書きます。この記事が読んだ3件は、いずれもViral Nation自身が出した資料です。公式ブログ(公開は2025年10月28日)、公式の製品ページ、そして公式プレスリリース(2024年10月16日)で、売り手の自己申告であり、第三者が検証した数値ではありません。確認日は2026年10月20日です。数値は原文の表記のまま書き、単位や通貨の換算はしていません。
審査の対象は、文字だけではない
サービスの名前はSecureです。製品ページの説明では、提携が始まる前に、クリエイターの公開されている投稿履歴を見て、ブランドセーフティ、評判上のリスク、価値観の一致を判断するためのものだとされています。
見る対象として挙げられているのは、動画、画像、音声、キャプション、書き起こし、OCR(画像や映像に写った文字の読み取り)、言及、ロゴです。機能は6つに分かれています。
| 製品ページに挙がっている機能 | 説明として書かれていること |
|---|---|
| Brand safety scan | クリエイターを露出させる前に、設定したリスク基準で確認する |
| Brand fit analysis | 相性、親和性、適合の度合いを示す |
| Historical content audit | 主要なプラットフォームを横断して過去の投稿を見る |
| Multilingual review | 市場ごとの事情を踏まえて、複数言語で確認する |
| Logo and mention detection | 有償・自然発生・視覚的なブランドの手がかりを拾う |
| Ongoing monitoring | 承認したあとも継続して見続ける |
遡る範囲は「21yr of public creator content history」、言語は「100+ languages」と表記されています。対象の規模については、1人から、常時稼働の案件での100,000超の名簿までと書かれており、上限の記載はありません。
実務の感覚で効いてくるのは、文字以外が入っていることです。テキストの検索に引っかかる発言だけを見ているなら、確認できているのは投稿の一部でしかありません。動画の中で一度だけ口にした言葉、サムネイルに入れた文字、背景に映り込んだもの。これらは人が見るしかなく、見る量が増えれば見ないことが既定になります。範囲を広げた確認を機械で回す、というのがこの事例の中心にある発想です。
公表されている数値は4つ
公式ブログには「Secure monitors 86,000 creator channels every day」と書かれています。起用の前に1回見るのではなく、毎日見続けている対象が86,000チャンネルあるという書き方です。
速さの話として挙がっているのが、ある顧客の例です。その顧客は1年で100,000を超えるクリエイターを起用しており、その過去の動画をまとめて解析したとされています。ブログの表現は「If someone had to do that manually, it would take 36 years. Gemini did it in 48 hours」です。
ここは読み方に注意が要ります。36年というのは、人が手作業でやった場合の換算であって、実際に比べた記録ではありません。対象が何本の動画だったのか、何人が何時間で見る前提なのかは書かれていません。48時間という値も、どれだけの処理を並べたかが分からなければ再現できません。それでも言えるのは、手作業では現実的でない量を対象にしている、という一点です。
リスクの区分については「scans for over 10 categories of concerns」とされ、例として差別的な表現や薬物に関するものが挙げられています。区分の全体像や、それぞれの判定基準は公開されていません。
移行前に何が詰まっていたか
残りの2つの数値は、基盤を入れ替えた結果として書かれています。公式ブログは、移行前の状態をこう説明しています。古い仕組みでは量を扱えず、過去の投稿の解析はいつまでも終わらない。エンジニアは動かし続けるだけで手一杯で、クラウドの請求額は増え続けるのに、サービスの質は横ばいか悪化していた。
移行後として挙げられているのが、インフラ費用が92%下がったこと、インフラの維持に割くエンジニアの手数が70%少なくなったことです。使っている部品も書かれています。解析がGemini、データの基盤がBigQuery、機械学習の工程がVertex AI、社内の共同作業がGoogle Workspaceです。
プレスリリースの側では、Secureの2.0がGoogle CloudのGeminiモデルで動くことが説明され、共同創業者兼CEOのJoe Gagliese氏と、Google Cloud Startupsのマネージングディレクターを務めるDarren Mowry氏のコメントが載っています。Gagliese氏は、インフルエンサーマーケティングが急速に伸びたことで、競争力と話題性を保ちながら評判を守ることがこれまで以上に重要になった、という趣旨を述べています。
費用の数値については、自社の試算に持ち込めるものではありません。移行前にいくら払っていたのかが書かれていないため、92%という比率の起点が分かりません。構成も規模も違う会社が、同じ比率で下がると考える根拠はどこにもない、と見ておくのが安全です。
決めるのは人、という線引きが明記されている
この事例で実務に移しやすいのは、数値よりも運用の線です。製品ページには「AI-assisted analysis. Human-controlled decisions.」という一文が置かれています。解析はAIが助けるが、決定は人が握る、という意味です。
承認の権限を持つのは、ブランド、法務、ソーシャル、マーケティングの各チームだと書かれています。システムが行うのは根拠を出すところまでで、最終的な判定はしない、という役割分担です。リスクの区分としきい値も、市場や案件ごとに設定する前提で、既成の一律ルールを当てる作りにはなっていないとされています。
精度についての記述もあります。公式ブログには、大きなブランドを守る仕事では、誤検知・見逃しの率の問題をいいかげんに扱うことはできない、という趣旨の一文が置かれています。ただし、その率そのものは公開されていません。精度が重要だと書いてあることと、精度が示されていることは別です。
ここは自社で同じ仕組みを考えるときに、最初に決めるべき場所でもあります。AIを入れると、画面に出た判定を結論として扱いたくなります。しかし出てくるのは候補と根拠で、その候補を起用の可否に変換するのは人の仕事です。変換の責任者が決まっていない運用は、問題が起きたときに誰も説明できません。
日本の実務者が持ち帰れる4つの設計
第一に、確認の範囲を数字で決めることです。何年分を遡るのか、どの言語を対象にするのか、どの区分を見るのか。ここを決めずに始めると、確認作業は人によって深さが変わり、何を見たのかを後から説明できません。この事例が21年分や100を超える言語を掲げているのは、範囲を宣言してから機械に回しているという順序の表れです。自社の体制で全部は無理でも、「直近3年・日本語と英語・この区分」と決めておけば、やったことと、やっていないことを分けて記録できます。
第二に、根拠の提示と決定を分けることです。誰が最終承認者なのかを、起用の話が動き出す前に決めておきます。AIの判定で自動的に落とす設計は、誤検知がそのまま機会の損失になりますし、理由を相手に説明できません。原稿の一次レビューを任せた例はMiroはインフルエンサー原稿の一次確認をAIに任せ、48時間内公開を99%にしたで扱っていますが、そちらも人の判断を残す形でした。確認する対象が原稿か、過去の投稿かという違いはあっても、機械が出すのは候補で、決めるのは人という構えは共通しています。
第三に、契約後も見続けることです。起用の時点で行う確認は、その時点の写真にすぎません。この事例で継続監視が機能として置かれているのは、提携したあとに起きる変化も対象だからです。日本の実務でも、炎上が起きるのは契約の前ではなく後です。見続ける仕組みを置かないのであれば、契約書の側で、問題が起きたときの取り扱いを先に決めておくほうが現実的です。口コミや依頼の表示まわりの決まりは口コミ依頼とステマ規制で整理しています。
第四に、検出を人物の評価にしないことです。機械が拾うのは、ある語が使われていた、ある画像が写っていた、という事実の候補です。文脈を外せば、引用も報道の紹介も検出されます。扱いを誤ると、確認のつもりが選別になります。クリエイターとの関係の作り方そのものはDuolingoのソーシャルとクリエイター施策、素材の良し悪しを機械で採点した例はKrogerとVidMobのクリエイティブ採点にまとめています。
公表されていないこと
| 確認したかった項目 | 記載 | この記事での扱い |
|---|---|---|
| 料金・課金の形 | 記載がありません | 費用に触れていません |
| 検出の精度(誤検知・見逃しの率) | 重要だという記述はありますが、値はありません | 精度を書いていません |
| 日本語・日本市場での実績 | 記載がありません | 日本での再現性を書いていません |
| 毎日監視している対象の内訳 | プラットフォーム別の内訳はありません | 構成比を推測していません |
| 48時間という値の前提 | 対象の本数や処理の規模は書かれていません | 自社の所要時間を見積もっていません |
| 人が承認するまでの時間と体制 | 記載がありません | 運用の人数を書いていません |
| 導入したブランド名 | 顧客名は示されていません | 事例の相手を特定していません |
書かれていない項目が多いのは、自社サービスの紹介資料では普通のことです。問題が起きるのは、空欄を期待で埋めたときです。「AIで審査すれば炎上を防げる」という要約は、この3件のどこにも書かれていません。書かれているのは、見る範囲を広げられたこと、その運用を維持する費用と手数が下がったこと、そして決定は人が持つという設計です。
この事例の読みどころ
まとめると、写すべきなのは数値ではなく、範囲・分担・継続という3つの設計です。どこまで見るかを先に決め、機械が出す根拠と人が下す決定を分け、契約した後も見続ける。道具がGeminiであるかどうかは、この3つの後ろに来る話です。
そして、出典が売り手自身の資料であることは最後まで外せません。費用が92%下がったという記述は、同じ条件で誰かが検証した値ではなく、移行前の金額も示されていません。成果を保証する材料としては使えない一方で、起用前の確認を仕組みとして持つ会社が、何を見て、何を人に残しているかを知る材料にはなります。自社の運用を見直す起点として読むのであれば、十分に使える記録です。
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