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AIが6,000行書き、人が選ぶ|PODSの走る看板の分担

米PODSと広告会社Tombrasは、走行するコンテナの看板にGeminiで作った文面を出し分けました。12日間で通した工程と、出典ごとに違う公表値を一次情報の範囲で整理します。

位置や時刻に合わせて広告の文面を入れ替える、という売り文句はデジタル屋外広告でよく聞きます。ただ、どこまでを機械が書き、どこからを人が決めたのかが工程ごとに残っている例は多くありません。米国の引っ越し・保管サービスPODSと、広告会社Tombrasが公開している「The World’s Smartest Billboard」は、その分担が公表されている事例です。

先に要点を書きます。Think with Googleに掲載された事例記事によると、企画の着手から実施までは12日でした。Geminiが27ページのブリーフを出し、人がそれを3ページへ削り、6,000行の文面候補を書かせ、人が地区ごとに少なくとも5行を選び、APIで現在地のデータと合わせて走行中のトラックの画面に出しています。走行は29時間で、ニューヨーク市の299地区を回ったと書かれています。結果としてWebの訪問が60%、見積もり依頼が33%増えたと記載されています。制作費、関わった人数、選別に要した時間はいずれも公表されていません。

読む前に2つ補足します。ひとつは時期です。この施策は2024年に行われたもので、Tombrasの公式ニュースは2024年6月20日付、引っ越しの繁忙期にあたる6月の実施と書かれています。Google Cloudが公開している生成AIの事例一覧にも、同じ内容が収録されています。もうひとつは出典の性質です。Think with GoogleもGoogle Cloudも、自社の製品が使われた事例を紹介する立場にあります。数値は当事者の申告で、第三者が検証したものではありません。確認日は2026年10月21日です。

走る倉庫コンテナを、文面の変わる看板にした

出発点になったのは、新しい媒体を買うという話ではありませんでした。事例記事には、チームが調べていく過程で、PODSのコンテナそのものが昔からこのブランドのいちばん効く広告媒体だったことに行き着き、それが企画の着想になったと書かれています。PODSでブランドとメディアを担当するCalvin Fieldsさんも、創業から25年以上にわたってコンテナが看板の役割を果たしてきたこと、そこをGoogleのAIとTombrasで現代化したのだ、という趣旨の説明をしています。

つまりこの施策は、すでに街を走っている自社の資産に、文面を出し分ける機能を足したものです。新規の媒体費から始まっていません。出し分けの中身は、トラックが「いまどこにいるか」「何時か」に加えて、交通、天候、地域の話題といった実時間のデータでした。

街路に止まった平荷台のトラック。走る車両そのものを広告面として使う話題のイメージ画像
車両そのものを広告面として使うという主題のイメージ画像です。PODSのコンテナでも、この施策で走った車両でもありません。 写真: Doğan Alpaslan Demir(Pexels)

技術側の説明も残っています。TombrasのChief Technology OfficerであるJuan Tubertさんは、見出しのデータと実時間のデータを組み合わせてトラックへ返すAPIを作った、という趣旨の発言をしています。使われた基盤として挙がっているのは、Google Cloud PlatformのVertex AI、Gemini、Maps、Sheets、そしてCloud Run functionsです。ブリーフを作る段階では、Gemini for Google Workspaceが使われています。事例記事には、この取り組みがGoogleのAI Lighthouseプログラムを通じて行われたとも書かれています。

走行中のトラックに1行が表示されるまでの構成要素を中心から放射状に並べた関係図。Gemini、人の選別、見出しのデータ、リアルタイムのデータ、API、コンテナの画面を結んでいる
事例記事に記載された要素を、文面が画面に出るまでの関係として並べました。各要素の処理件数や応答時間は公表されていません。 出典:Think with Google「Impossible Ads: Tombras' AI-powered campaign」(確認日 2026-10-21)

ここで見落としたくないのは、生成と配信が同じ瞬間に起きているわけではないことです。文面は走行前に作って選んであり、走行中に決まっているのは「いまこの場所でどれを出すか」です。生成AIが現場で即興しているという読み方をすると、必要な準備の量を見誤ります。

ブリーフは27ページ出てきて、3ページに削ったのは人だった

制作の入口は、広告の文面ではなくブリーフでした。チームはまずGemini for Google Workspaceに相談し、自分たちの制作工程のどこで生成AIが役に立つかを見極めたと書かれています。

読ませた材料は2種類に分かれます。社外のものとして挙がっているのは、Googleのクチコミ、ポッドキャスト、業界のレポートです。社内のものとしては、クライアントとの打ち合わせの記録、マーケティングのデータ、顧客層の分析が挙がっています。数千点の材料を読み込ませた結果として出てきたのが27ページのブリーフで、チームはそこから要点を絞り、指示を出し直して3ページまで削っています。

TombrasのChief Digital OfficerであるRyan Edwardsさんは、AIが職を置き換える面はあるとしつつ、今回はチームがそれまでになかった形で密に働くことになった、という趣旨の話をしています。Executive Creative DirectorのAvinash Baligaさんは、このブリーフ作りはAIの規模と速さと能力を示すものだったとしたうえで、人が判断する部分の重要さにも触れています。

12日間で通した6つの工程を縦に並べた手順図。材料の読み込み、27ページのブリーフ、3ページへの圧縮、語り口の設計、6,000行の生成と選別、APIでの表示の順に並んでいる
事例記事に書かれている順序をそのまま並べました。各工程に何日かかったかは公表されておらず、全体が12日だったとだけ記載されています。 出典:Think with Google「Impossible Ads: Tombras' AI-powered campaign」(確認日 2026-10-21)

27ページを3ページにする作業は、見た目には後戻りです。それでも工程として残っているのは、出てきた量をそのまま使わなかったことが、この事例の分かれ目だったからでしょう。材料を読ませる速さと、何を捨てるかの判断は別の仕事です。広告の文面そのものをAIに書かせた事例としてはAnthropicのマーケターが検索広告の見出しを自動生成した例がありますが、そこでも人が最後に選ぶ構造は変わっていません。

6,000行を書かせ、出したのは選ばれた分だけ

文面づくりで最初に決めたのは語り口でした。目指したのは、賢く、周囲の状況をよく分かっていて、それでいて親しみがある声だとされています。Baligaさんは、これは新しい声を作ろうとする作業だったと述べ、クリエイターがGeminiに対してクリエイティブディレクターのように指導役を務めた、という趣旨の説明をしています。

具体的な指示の出し方も書かれています。見本になる文面を与えること、そして特定の地区の住人になりきらせることです。こうして出てきたのが6,000行の候補で、本番で使うぶんは人が選びました。選別について記載されているのは、地区ごとに少なくとも5行を人が選んだ、という形だけです。Baligaさんは、AIがなければ自分は6,000行を書くことに決して同意しない、という趣旨の言い方もしています。

量を増やす目的は、量そのものではありません。299地区ぶんの文面を別々に用意するという前提があり、そこに追いつく手段として生成が使われています。クリエイティブの良し悪しを機械の採点で見ようとしたKrogerとVidmobの検証と並べると、同じ「量が増えたあとの工程」でも、片方は人が選び、片方は採点で絞るという違いが見えます。

公表されている数値は、出典によって違う

ここが実務で読むときにいちばん注意が要る部分です。同じ施策なのに、Think with GoogleとTombrasの公式ページでは、並んでいる数値が一致していません。

同じ施策について2つの公式ページが載せている数値を並べた比較表。Webの流入、見込み客、検索、出した文面、走行の5項目で記載が異なる
2つの公式ページに載っている値を、そのまま写しました。期間の定義と比較の対象は、どちらのページにも書かれていません。 出典:Think with Google「Impossible Ads」とTombras公式キャンペーンページ(確認日 2026-10-21)

Think with Googleの側は、ニューヨーク市エリアでWebの訪問が60%、見積もり依頼が33%増えたとし、この結果がニューヨークにおける週単位の前年比としてここ数年で最大の伸びだったと書いています。Tombrasの公式キャンペーンページに並んでいるのは「+59% increase in web traffic」「+33% leads」「+51% gain in search volume YoY」で、同じページの説明文では訪問60%増・見積もり依頼33%増という表現も使われています。

文面の数も違います。Think with Googleは6,000行を生成し、本番では地区ごとに少なくとも5行を人が選んだと書いています。Tombrasのページに並んでいるのは「1600 unique messages」です。どちらが生成した数で、どちらが実際に出した数なのかを結びつける説明は、どちらのページにもありません。当サイトでは検算できないため、原文の数字列のまま並べています。

こうした食い違いは珍しくありません。測った期間、比較した対象、どの指標を「流入」と呼ぶかが揃っていなければ、同じ施策でも値は変わります。読む側にできるのは、どの値がどのページに載っているかを分けて扱うことまでです。自社の資料に引くなら、出典の名前まで添えてください。

日本の実務者が確かめられること

この事例は、デジタル屋外広告をすすめるものではありません。同じ構成を真似れば同じ数字になる、という読み方もできません。参考になるのは、やってみる前に確かめられる前提のほうです。

確かめること この事例で言えること
出し分ける軸が実際に手に入るか 位置・時刻・交通・天候・地域の話題が使われた
出し分ける単位が決まっているか ニューヨーク市の299地区という区切りがあった
選ぶ人の工数を見込んでいるか 候補から地区ごとに少なくとも5行を人が選んだ
媒体そのものを持っているか 走っているコンテナが元から自社の広告媒体だった

第一に、出し分けの軸になるデータが実際に手元へ来るかどうかです。位置と時刻までは多くの媒体で取れますが、地域の話題のように意味のある差をつけられる材料があるかは別の問題です。差がつかない軸で出し分けても、作業だけが増えます。

第二に、出し分けの単位です。この施策には299地区という既存の区切りがありました。単位が決まっていないと、何行作ればよいのかも、どこまで作れば足りるのかも決まりません。

第三に、選ぶ側の工数です。生成が速くなるほど、人が読んで選ぶ時間が制作の上限になります。この事例では、地区ごとに少なくとも5行という形で人の手が入っています。生成の前に線を引いておく考え方は、L’Oréalが社内のAIコンテンツ基盤で人物を生成しないと決めた例とも重なります。

第四に、媒体の持ち分です。この事例が12日で成立した背景には、トラックという自社の面がすでに街を走っていたことがあります。媒体を新たに買うところから始める場合、同じ日数では収まりません。

なお、ここに挙げた4点を満たせば同じ結果になる保証はありません。商圏、季節、競合、屋外広告に関する地域の規制によって、できることは変わります。

公表されていないこと

確認できなかったことを残します。制作費、投入した人数、選別に要した時間、トラックの運行にかかった費用は、いずれも記載がありません。生成した候補のうち実際に表示された割合、不採用になった文面の傾向、「1600 unique messages」と6,000行の関係も書かれていません。

効果の数値についても、測定期間、比較した対象期間、計測の方法は示されていません。前年比として最大の伸びだったという記述はありますが、何週ぶんを比べたのかは分かりません。走行ルートの決め方、1地区あたりの滞在時間、同じ地区で複数の文面を出したかどうかも公表されていません。屋外広告の表示内容に関する地域の規制への対応についても、参照した4つのページには記載がありませんでした。

分かっているのは、材料を読ませてブリーフを作る工程と、文面を大量に作る工程に生成AIが入ったこと、そのどちらにも人が削る・選ぶ工程が続いていること、そして実行の単位が地区という既存の区切りだったことです。ここから先を数字で語ることはできません。

出典と注記

この記事は、Think with Googleの事例記事、Tombrasの公式キャンペーンページ、同社の公式ニュース、Google Cloudの生成AI事例一覧を出典としています。いずれもプラットフォームまたは事業者が自ら公開している一次情報で、他メディアの記事は使っていません。数値は原文の表記に沿っており、単位や通貨の換算はしていません。施策は2024年に実施されたもので、掲載内容は各ページの記載が更新される可能性があります。確認日は2026年10月21日です。

海外の企業がAIを実務でどう使ったかを一次情報から読み解いた記事は海外マーケティングにまとめています。

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