小さな飲食店の判断は、たいてい店主の感覚で決まります。どの曜日が忙しいか、どの物販が売れているか、誰が常連か。毎日店に立っていれば分かる、と思われがちなところです。ニューヨークのサンドイッチ店Salt Hank’sの事例は、そのうち2つが実際には外れていたという記録として読めます。
この記事は、Squareが公開した導入事例に書かれている範囲で、店主が何を聞き、どんな答えが返り、その結果どの判断が変わったのかを整理したものです。使っている道具が日本で同じように手に入るかは別の話なので、最後に一般化できない部分も残します。
どんな店なのか
Salt Hank’sは、SNSで知られる料理系のクリエイターHenry Laporteさん(Salt Hank)が、2025年6月にニューヨークのウエストビレッジで開いた初めての実店舗です。公式サイトはブリーカー・ストリートの所在地を掲げ、「ニューヨークで最高のサンドイッチ」を名乗っています。
扱っているのは、看板のフレンチディップ・サンドイッチ、フライドポテト、缶入りのソーダ、そして自身のクックブックと帽子などの物販です。導入事例によると、開店から半年に満たない時点で、メニューは閉店時刻の何時間も前に売り切れ、店の前には区画を回り込む行列ができる状態が常態になっていました。2025年7月31日にはニューヨーク・タイムズにも取り上げられています。
店で使っているのはSquare Register、Square for Restaurants、Square Kitchen Display System、Square Staff、Square Invoices、そしてSquare AIです。注文、厨房への表示、シフト、請求までを同じ会社の道具でそろえていることが、後で見るデータの使い方の前提になっています。
仮説が2つとも外れた
導入事例で紹介されている使い方は、難しいものではありません。Laporteさんは自分の店について、思いついた質問をそのまま投げています。
最初の質問は曜日についてでした。周辺のオフィスの昼食需要から、木曜日がいちばん強い日だろうと考えていたそうです。ところが返ってきたデータは、金曜日のほうが木曜日より売上のよい日が多いことを示していました。あわせて、木曜日の昼の時間帯には取引数が上向く傾向があることも見えたとされています。ピークは金曜、伸びているのは木曜の昼、という2つの事実が分かれた形です。
もう1つは物販でした。クックブックがいちばん売れていると期待していたところ、実際に伸びていたのは帽子でした。Laporteさんは記事の中で「帽子だろうとは思う。でもクックブックであってほしい」と語っています。この結果は、直前に決めていた帽子の新デザインへの切り替えを裏づける材料になりました。
どちらも、毎日店に立っている本人の仮説です。そして両方とも、記録された取引の側から見ると違っていました。ここが事例のいちばん重要な部分だと考えています。
常連と上位顧客を名指しできる
3つ目の使い方は、顧客の抽出です。来店が3回以上のリピーターの一覧と、利用額の大きい顧客の一覧を出しています。
Laporteさんは「こういう情報は探そうとしても見つけられないことがあるので、手に入るのはありがたい」と述べています。行列ができている店ほど、目の前の1人が何回目の来店なのかは分かりません。レジに立つ人は毎日入れ替わりますし、混雑時に顔を覚える余裕もありません。POSに記録が残っていても、それを取り出す手間が高ければ無いのと同じです。
この一覧が使えるようになると、打てる手が変わります。誰に向けて何を案内するか、物販の新しいデザインを最初に誰へ見せるか、といった判断に順番が付けられます。飲食店の販促は「全員に同じ告知を出す」に寄りがちですが、来店回数と利用額という2つの軸があるだけで、それを分けられるようになります。
なお導入事例には、抽出した一覧を使って実際に何かの施策を打ったという記述はありません。ここで記録されているのは「一覧を出せた」ところまでです。使い道を先に決めずに抽出だけを繰り返すと、結局は見て終わりになります。誰に何を届けるのかを決めてから抽出する順序のほうが、手戻りが少なくなります。
操作の手順を調べる時間が消えた
4つ目は分析ではなく、運用の質問です。従業員の入れ替わりに対応する場面で、Laporteさんは「従業員を無効化するにはどうするか」を聞き、その場で手順を得ています。本人は「これを調べるのにGoogleで3時間くらい使ったことがある」と述べています。
地味な用途ですが、小規模な事業者にとっては効きます。管理画面の操作は、頻度が低いほど毎回調べ直すことになります。しかもそういう作業は、たいてい店がいちばん忙しい日に発生します。導入事例はこの点を、分析機能と並べて記録しています。
Laporteさん自身のまとめは「どんなデータでも、Squareならすぐ手元に出せる」というものでした。
日本の小さな店が同じことをするなら
この事例から、道具の名前を外しても残る論点があります。Squareが日本で同じ機能を出しているかどうかにかかわらず、次の順序は変わりません。
まず、記録が1か所に集まっているかどうかです。Salt Hank’sは注文も厨房も勤怠も請求も同じ会社の道具に載せています。だから「金曜と木曜のどちらが強いか」「来店3回以上は誰か」という質問が、1つの場所への質問として成立します。レジは1社、予約は別の会社、物販は別のカートという状態だと、同じ質問に答えるのに突き合わせの作業から始めることになります。道具を1社に寄せるかどうかは好みの問題ではなく、あとで質問できるかどうかの問題です。
次に、自分の思い込みを先に言葉にしておくことです。この事例が面白いのは、店主が「木曜がピークのはず」「クックブックが売れているはず」と仮説を持っていたからです。仮説がなければ、返ってきたデータはただの数字の並びで終わります。外れたと分かって初めて、帽子のデザインを切り替える判断が裏づけられました。
最後に、分析ではない用途も同じ窓口に寄せることです。従業員の無効化の手順を調べるのは分析ではありませんが、実際に時間を食うのはそちらでした。「聞ける場所がある」ことの価値は、高度な分析よりも、こうした低頻度の作業で先に出ます。
具体的に何を確かめられるようにしておくとよいかを、この事例に出てきた質問の形で並べます。
この事例から言えないこと
正確を期すために、この記事で確認できなかった点を残します。
導入事例には、売上金額、客数、原価率、利益といった経営の数値が記載されていません。「売り切れる」「行列ができる」という記述はありますが、それが月次でいくらの商売になっているのかは公開されていないため、この記事でも書いていません。開業にかかった費用、従業員数、家賃も同様です。
また、この店はSNSで先に知名度を得たクリエイターが開いた店です。開店直後から行列ができ、短期間で全国紙に取り上げられた前提は、一般的な新規開業とは異なります。データの使い方は真似できますが、集客の初速は真似できません。そこを混ぜて読むと、判断を誤ります。
Square AIについても、日本での提供状況、対応言語、利用できるプランの条件は、この導入事例には書かれていません。同じ質問が同じように通るかは、各自で確認してください。導入事例の公開は2025年10月8日、筆者はMaya Rollingsさんです。
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