書店は、売価を自分で決められない小売業です。表示価格は出版社が決めるため、値付けで利益を作る余地がほとんどありません。その条件のまま、米サンフランシスコのGreen Apple Booksは創業から半世紀以上のあいだ店を増やしてきました。何を変えたのか。Squareが公開している導入事例と、店の公式サイトにある沿革ページに書かれている範囲で整理します。売上を何倍にしたという話ではありません。薄い利幅の商売で、設備と手順をどこから直したかという話です。
この店の姿
沿革ページによると、Green Apple Booksは1967年に始まりました。創業者のRichard Savoyさんは当時25歳。陸軍での勤務と、ユナイテッド航空の無線技術者としての経験はあったものの、商売の経験はほとんどなかったと書かれています。借りたのは、リッチモンド地区にある1906年より前に建てられた建物の一角です。置いたのは古書とコミック、そしてNational Geographic誌。売場はおよそ750平方フィートでした。
そこから店は少しずつ広がります。間口を倍にし、中2階と2階を足して、増えていく新刊の在庫を置けるようにしました。1996年には数軒先の2区画が空き、20年来の隣人だったレコード店Revolver Recordsを取得します。これにより売場は5,000平方フィートから8,000平方フィートになり、書籍の品ぞろえを広げられるようになりました。
経営は人から人へ渡っています。Savoyさんは後継者を探したうえで、1999年から、長く働いていた3人の従業員への段階的な譲渡を始めました。Kevin Hunsangerさん、Kevin Ryanさん、Pete Mulvihillさんの3人です。10年をかけて買い取る形にすることで、費用を分散しつつ、新しい所有者が前任者から学べる期間を確保しました。Hunsangerさんは2018年に持ち分を売却し、現在はRyanさんとMulvihillさんが店を運営しています。
沿革ページには、いまの商品構成も書かれています。売上の85%超は書籍で、残りが音楽・雑誌・ギフトなどです。CD・雑誌・DVDの販売が落ちたことを受け、別館は2021年に閉じました。品目の入れ替えを続けながら、書店としての軸は動かさないという書き方がされています。
何を変えたか
Squareの事例ページには、この店が抱えていた制約が具体的に書かれています。ひとつは決済です。以前はカード情報を転写する手動式の端末を使っており、控えは紙のカーボンコピーでした。Mulvihillさんは、紙の控えを銀行へ持ち込んでから入金まで3日待つ必要があったと述べています。売上がその場で数字にならないため、いま何が売れているかを店側が把握できず、現金が手元に戻るまでにも時間がかかっていました。
もうひとつは在庫です。以前は本に紙のタグを差し込み、その本が何日棚にあるかを人が手で確かめていました。Mulvihillさんの言葉として「棚に置かれてからどれくらい経ったかを手で確認するために、本にタグを入れていた」という説明が載っています。売れ筋を知るには、店員が棚を歩いて紙を読むしかなかったということです。
事例ページによれば、いま使われているのはSquare Terminal、Square Reader、Square Invoices、Square Payment Links、Square Staff、Square Messagesです。決済の端末だけでなく、請求書、支払いリンク、スタッフの管理、顧客への連絡までが同じ仕組みの上に載っています。Mulvihillさんは、これがなければ「少なくとも3つの別々のサービスを探さなければならなかっただろう」と述べています。
ここで押さえておきたいのは、変えたのが売り方ではなく記録の取り方だという点です。品ぞろえも接客も、店の性格は変えていません。売れた事実がその場で数字になり、誰でも同じ画面から見られるようにしただけです。それが後の多店舗化の前提になりました。
公表されている結果
Mulvihillさんは、自分たちの成長のしかたを「We survive by incremental improvements」(少しずつの改善で生き延びている)と表現しています。一度の大きな投資ではなく、積み重ねで持たせるという考え方です。
具体例として挙げられているのが、ベーカリー内に出しているポップアップの運営です。以前の仕組みのままなら、在庫を管理するために毎週、片道30分の距離を往復する必要があったとMulvihillさんは述べています。いまは月曜の朝にログインして売上を確認し、在庫を調整するだけで、かかる時間はおよそ15分だそうです。移動をやめられたことで、小さな拠点を持つ判断そのものが軽くなりました。
接客への影響も書かれています。Mulvihillさんは「Squareを使うと会計が滑らかに進むので、お客さんとのやり取りに集中できる」と述べています。在庫の考え方については「売れているものをもっと売る」という原則を挙げつつ、「ただし何が売れるかは常に変わる」と付け加えています。だからこそ、売れ行きを人の記憶ではなく記録で見る必要があるという整理です。
店舗数は、Squareの事例ページで4か所と記載されています。1967年に約750平方フィートで始まった1店舗が、半世紀を超えて複数の売場を持つに至ったことになります。ただし、沿革ページに書かれているのは本店の拡張と別館の閉鎖までで、4か所それぞれの開店の経緯は記載されていません。
一方で、公表されていないこともあります。売上高、客数、粗利がどう変わったかという数値は事例ページに記載がありません。導入にかかった費用も書かれていません。ここに書ける結果は、待ち時間と手作業がどれだけ減ったかという記述にとどまります。
日本の小規模店が参考にできる点
参考にできる点は3つあります。いずれも業種を問わず、規模の小さい実店舗に当てはまります。
1つ目は、現金が戻るまでの日数を数えることです。この店の場合、紙の控えを銀行へ持ち込んでから3日でした。日数そのものより、その間は在庫の補充判断ができないという点が効いてきます。仕入れの意思決定が遅れれば、売れているものが棚から消えたまま数日が過ぎます。
2つ目は、滞留の記録を人の頭から外すことです。紙のタグを差し込んで人が読む方式は、店が1つで、店員が同じ棚を毎日見ているうちは成り立ちます。売場が増えた瞬間に破綻します。逆に言えば、記録が自動で残る状態を先に作っておけば、2店舗目の判断がしやすくなります。
3つ目は、小さく試す拠点の運営コストを、移動時間で見積もることです。往復30分の運転が毎週必要なら、それは人件費です。同じ拠点が15分の確認で回るなら、試す回数を増やせます。新しい売場を出すかどうかの判断は、売上見込みだけでなく、そこを維持するのに毎週何分かかるかで変わります。
なお、この事例はSquareが自社の導入事例として公開しているものです。他社のサービスとの比較評価ではありません。同じ効果が別の環境で出ることを示すものでもないため、自店に当てはめる際は、いま何分・何日かかっているかを先に測ることをおすすめします。
確認できなかったこと
売上・利益・客数の変化、導入費用、店舗ごとの実績は、いずれの出典にも記載がありませんでした。従業員数、ポップアップの売上規模、書籍以外の商品構成の内訳も同様です。
また、Squareの事例ページは2025年6月11日付、沿革ページは日付の記載がありません。書かれている内容は取得時点のものであり、店舗数や商品構成はその後変わっている可能性があります。本記事では、両ページに書かれていない数値を補っていません。
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