新規の客を集める話は、どこでも語られています。語られないのは、いちど来た客が二度目にどこを通って戻ってくるかです。米オレゴン州マクミンビルのタイ料理店Baker St Cafeは、その二度目を第三者の出前アプリに握られていました。Squareが公開した導入事例に、その状態と、そこから何を変えようとしているかが書かれています。売上を何倍にしたという話ではありません。同じ客が同じ料理を頼むとき、その注文がどの経路を通るかだけを変えようとしている話です。
この店の姿
Baker St Cafeはマクミンビルにある1店舗のタイ料理店です。オーナーはFon Khunsamartさん、共同オーナーはThomas Gilstrapさん。公式サイトによると家族経営で、Fonさんはタイで育ち、代々受け継がれてきた家庭の作り方を覚えて店を開いたと書かれています。
料理の方針についてFonさんはこう述べています。「自分たちが家で食べているとおりに作るだけです。もし誰かが気に入らなくても、私たちは毎日それを食べますから」。狙った味を外から持ってきたのではなく、家の味をそのまま出しているという言い方です。
評価は数字にも出ています。導入事例によると、Googleのレビューは600件近く、平均は4.9つ星。タイ商務省が認定するThai SELECTを受けており、オレゴン州で9軒しかない認定店の1軒だと記載されています。開業から2年で5,300人を超える個別の顧客に提供しており、これはマクミンビルの住民のおよそ7人に1人にあたると書かれています。
規模の数字も公表されています。全チャネル合計で月5,700件を超える取引、月商は46,000ドルを超えるとされています。1店舗の飲食店としては、地域にしっかり根を張っている状態です。
この取引を支えている道具の名前も挙がっています。導入事例に書かれているのは、Square Register、Square Kiosk、そしてWebsitesです。店頭のレジ、店内で客が自分で注文する端末、そして自店のサイト。注文を受ける場所が最初から複数あり、そのうえで再注文の経路が問題になっている、という順序である点は押さえておきたいところです。窓口が足りないという話ではありません。
それでも二度目が戻ってこない
問題はここからです。導入事例には、Fonさんの次の言葉が引かれています。「個別の顧客が5,300人を超えていますが、その多くが再注文のときには直接来るのではなく、出前アプリを既定の選択肢にしてしまっているのが見えます」。
つまり、認知はある。満足もされている。それでも二度目の注文は第三者のアプリを通っていく、という状態です。
なぜそれが問題なのか。導入事例には、第三者の出前アプリが1件あたり20%から40%の手数料を取ると書かれています。月商46,000ドルの規模でこの帯の手数料を払うと、原価でも人件費でもない支出が毎月積み上がります。しかも支払う相手は、すでに自分の店を知っている客を運んでくる相手です。
もうひとつ挙げられているのは、デジタル上で見つけてもらう難しさです。すでに定着している店と競って自分の店を見つけてもらうのは簡単ではない、という記述があります。導入前の時点で、注文のうちデジタル経由はおよそ20%だったとされています。残りは店頭や電話ということになります。
手数料の差だけではない
そこで導入したのが、Cash Appの「Neighborhoods」です。導入事例の説明では、自店のブランドで表示される注文用のプロフィールを持ち、ウェブからもCash Appからも開けます。客は事前注文、再注文、特典の獲得、そして店をフォローすることができます。
手数料の差ははっきりしています。導入事例には、Neighborhoods経由の注文にかかる決済手数料は1%だと書かれています。Fonさんの言葉としては「オンライン注文の1%という決済手数料は、うちにとって大きいです」「46,000ドルを超える月商でやっているときには」と引かれています。同じ1件の注文でも、通る経路によって残る金額が変わるという単純な話です。
ただ、この事例で見ておきたいのは手数料だけではありません。フォローという機能が入っている点です。Fonさんは「これは受け身のSNSのフォロワーではありません。いちばん熱心な地元の客です」と述べており、導入事例には、Neighborhoodsでフォローした人のほぼ全員が実際に購入したと書かれています。フォロワー数を積み上げる話ではなく、既に買っている人と直接つながる経路として扱われています。
何が確定していて、何が確定していないか
ここは分けて読む必要があります。
確定しているのは、店の規模と評価に関する数値(600件近いレビュー、4.9つ星、5,300人、月5,700件、46,000ドル)と、経路ごとの手数料の差(20%から40%に対して1%)です。これらは導入事例に記載があります。
確定していないのは、導入後に直接注文の比率がどこまで動いたかです。導入前のデジタル比率がおよそ20%だったことは書かれていますが、導入後の比率や、それによって手数料の支払いがいくら減ったかという数値は、この事例には出ていません。効果の大きさを、ここで推測して埋めることはしません。
つまり現時点でこの事例が示しているのは、結果ではなく判断です。既に自分を知っている客の再注文に対して、高い手数料を払い続けるのか、自分の窓口を用意してそちらへ寄せていくのか。その分岐に立ったときに、この店が後者を選んだという記録です。
日本の飲食店が確かめられること
日本でも構図はほとんど同じです。持ち帰れる点を3つに絞ります。
1つ目は、自分の店の注文を経路別に分けてみることです。この事例で最初に問題として認識されたのは、売上の総額ではなく「再注文がどこを通っているか」でした。総額だけを見ていると、手数料の重さは原価の中に紛れます。新規と再注文を分け、さらに経路で分けたときに初めて、どこに払っているのかが見えます。
2つ目は、直接注文の窓口を「作る」だけで終わらせないことです。この事例で機能しているのは、注文機能そのものより、事前注文・再注文・特典・フォローがひとつの場所に揃っている点です。注文フォームだけを置いても、客は使い慣れたアプリへ戻ります。二度目に開く理由が要ります。
3つ目は、手数料の差を自分の月商で計算してみることです。率で聞くと小さく感じますが、この店の規模でも月あたりの差額は無視できない額になります。自分の店の月商に、いま払っている率と直接注文の率を当てはめて、1年分にしてみてください。設備や人にいくら回せるかが、それで決まります。
一方で、そのまま真似できない部分もあります。この事例は、店に対する評価が先にあった上での話です。600件近いレビューと4.9つ星という土台があるから、直接の窓口を用意すれば客が来ます。評価が薄い状態で第三者のアプリを外すと、単に見つけてもらえなくなります。順序としては、まず店の評価が先です。
書かれていないこと
導入事例には、Neighborhoods導入後の直接注文の比率、手数料の削減額、リピート率の変化についての記載がありません。導入の時期や、準備にかかった手間についても書かれていません。日本での同等の仕組みの提供状況も、この事例の範囲外です。
また、公式サイトに載っている店の沿革やThai SELECTの認定は、Neighborhoodsの導入によって得られたものではありません。両者を結び付けて読まないよう、ここでは分けて扱っています。
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