米ジョージア州のクラフトビール醸造所 Reformation Brewery は、イベントで人を集める店です。ただ、この事例でまねできるのはイベントの企画ではありません。案内を誰に送るかの決め方です。同社はテーマイベントの案内先を、POSに残った購買の履歴から決めています。条件は年齢や地域ではなく、「過去に同じ種類のイベントへ来たことがあるか」です。
公表されている結果は1つだけです。2024年にウッドストック店で開いたテーマイベントの来場者の内訳が、returning と new で 2:1 だったという比率です。来場者数、売上、費用、費用対効果は、どこにも公表されていません。ですから、この事例を「イベントをやれば売上が伸びる」という話として読むと外します。読み取れるのは、宛先の決め方と、記録の残し方の2つです。
この記事では、決済事業者 Square が公開している導入事例と、同社の公式サイトに書かれている範囲だけで、何をしたのかを整理します。そのうえで、公表された比率から言えることと言えないことを分け、日本の小規模な店が持ち帰れる部分を取り出します。確認日は2026年10月30日です。
元牧師とパイロットが始めた醸造所が、イベント会場になるまで
導入事例によると、共同創業者は元牧師の Spencer Nix さんと、Delta Air Lines のパイロットである Nick Downs さんです。ヨーロッパ系のビールをきっかけに知り合い、自家醸造を経て、2013年に1つ目のテイスティングルームを開いています。
事業の形が変わった時点が、はっきり書かれています。2017年のジョージア州の法改正です。それまでは店頭で six-ounce の試飲を売る形でした。改正後は来店客へ直接パイントを出せるようになり、COOの Ryan Stockton さんは「ひとつの物を売るだけの場所ではなく、より実際のバーに近い形になった」と説明しています。
拠点の数については、出典の中で表記が揃っていません。事例ページの概要欄には「4 Locations」とあり、本文では北ジョージアの3つのタップルームを運営し、2027年にダウンタウン・ケネソーへ4店目を開く計画だと書かれています。公式サイトの表示はウッドストック、キャントン、スマーナの3拠点です。どちらかに寄せず、両方の表記をそのまま持っておくのが安全です。開業予定の月日は記載がありません。
公式サイトは自社を「brewery, distillery, and event venue」と書いています。イベント会場であることを、事業の説明そのものに入れている形です。
「グラスの中身より多くのもの」が指しているもの
Stockton さんの言葉として、事例ページには「13 years later」でも変わらない考え方として、自分たちの事業は「グラスの中身よりずっと多くのもの」だという表現が載っています。抽象的な標語に見えますが、続く説明は具体的です。
「Main Street America に、地域にとっての third spot(第三の場所)となる事業をつくってきた。とても event-centric で、そこが自分たちの事業を少し特別にしている」と述べたうえで、理由をこう付けています。毎日同じ飲食店へ通う人もいるが、ある時点でその料理に飽きる。だからひとつの空間の中で内容を入れ替え、ゾーンと別の体験をつくることが、ロイヤルティの大きな部分になった、という説明です。
実際に並んでいる企画は、出典の2か所に分かれて載っています。
| 出どころ | 書かれている企画 |
|---|---|
| 公式サイト(常設の案内) | College Night/Friday Flights/Saturday Specials/Trivia Night/Chili Cook-off/Music Bingo/Private Events |
| 導入事例(例として挙がったもの) | silent disco/karaoke/Music Bingo/Poker Night/フットボールの観戦/地元ミュージシャンの演奏 |
同社が狙っているのは、この一覧を回すことです。事例ページには「ある日はブリュワリーでフットボールを見ていて、次の日は地元の好きなミュージシャンを聴いている。そうした企画を回していくことが、ロイヤルティを生む」という説明があります。
ただし、各企画の開催回数、参加人数、企画ごとの売上は公表されていません。どの企画が当たったのかを外から比べることはできません。分かるのは、企画を入れ替える方針を取っていることと、入れ替えの判断に使っている材料です。
1回のイベントで何をして、何が分かったか
公表されている唯一の数値が出てくるのが、2024年にウッドストック店で開いたテーマイベントです。テイラー・スウィフトの誕生日に合わせた企画で、内容は事例ページに列挙されています。
似ている人を選ぶコンテスト、ライブDJ、ミサンガ(friendship bracelet)を作る席、birthday cake 味のアルコール入りスラッシー、そして若いファン向けのノンアルコール飲料。ここだけ読むと、企画の思いつきで人が集まった話に見えます。
実際に書かれているのは別のことです。同社は過去のテーマイベントに来た人を顧客データから特定し、その層へ向けて案内を出しています。新しい媒体への出稿や、広く広告を打ったという記述はありません。そして当日の来場者は、returning と new が 2:1 だったとされています。
誕生日イベントという企画そのものは、日本の店がそのまま持ち込めるものではありません。持ち込めるのは、案内を出す相手を「来たことがある人」から選んだという手順です。
宛先の条件が、属性ではなく「来たことがあるか」になっている
この店のやり方を工程に分けると、5段になります。
同じ形は、イベント以外にも当てられています。12月に季節のカクテル「コキート」を再登場させたときのことを、Stockton さんはこう説明しています。「お祭りの時期のココナッツの飲み物で、前の年までに買ってくれた人に、また出すと知らせるために顧客データを使った」。
イベントの参加履歴と、商品の購買履歴。見ているものは違いますが、宛先の決め方は同じです。属性で絞るのではなく、過去にその行動をした人だけに絞っています。推測の余地が少なく、外した相手へ送りにくいのが、この条件の性質です。
ただし前提があります。宛先を履歴で決めるには、来場や購買が記録として残っていなければなりません。事例ページでは、拠点をまたいで売れた品と人の集まった企画を見るために Square Dashboard を使い、顧客データを拠点ごとに分けていると説明されています。使っている道具としては Square Point of Sale、Square Loyalty、Square Marketing、Square Inventory Management が挙がっています。
送る回数そのものを増やさずに成果を出す運用については、全リストへの配信を年4回に抑えたEmu Ridgeの例が近い論点を扱っています。店頭での記録をどこまで判断に使うかという面では、面積を増やさずに客単価を伸ばしたStir Crazyの例も参考になります。
公表された「2:1」を、どこまで根拠に使えるか
比率が1つだけ公表されている、という状態は読み方に注意が要ります。
分母が公表されていないため、この1回で何人が来て、そのうち何人が初めてだったのかは計算できません。案内を送らなかった場合との比較もありません。さらに、この数値は決済事業者が自社の導入事例として公開したものです。第三者が検証したという記載はありません。
それでも無意味ではありません。意味があるのは、この店が来場者の内訳を数えられる状態にあったことです。多くの小さな店では、イベントに来た人が常連なのか初めてなのかを後から数えられません。Stockton さんの言葉も、成果ではなく記録のほうを指しています。「そのデータをいつでも手元に置いておけるので、翌年に向けてより根拠のある判断ができる」。
言い換えると、公表された 2:1 は到達目標ではなく、測れている証拠として読むのが妥当です。自社の企画の期待値をこの比率で作るべきではありません。
日本の小さな店が持ち帰れる4点
出典に書かれている範囲から取り出せるのは、次の4点です。いずれも、成果を約束するものではありません。効果は企画の内容と運用によります。
- イベントの記録を「何が売れたか」で止めず、誰が来たかまで残す。決済と顧客の記録がつながっていないと、翌年の宛先がつくれません
- 案内の宛先を、属性ではなく来場や購買という事実で切る。この事例の宛先は「過去に同じ種類のイベントへ来た人」です
- 季節商品と年1回の企画は、前回の購入者という宛先が自然にできる。コキートの例がこれにあたります
- 比率で振り返るなら、分母を数えられる形にしておく。内訳が出せないと、この事例のような比率そのものが作れません
ひとつ補足があります。これは米国の店の事例で、顧客データの取得や利用に関する手続きの記載はありません。日本で同じ運用をするなら、取得の方法と利用目的の扱いは自分の側で確かめる必要があります。出典にないことを、この事例から導くことはできません。
公表されていること・されていないこと
社内で共有する前に、出典に記載があるかどうかで分けておきます。
| 項目 | 出典の記載 |
|---|---|
| 創業者 | 元牧師の Spencer Nix と、Delta Air Lines のパイロット Nick Downs |
| 1つ目のテイスティングルーム | 2013年 |
| 事業の形が変わった時点 | 2017年の州法改正で、店内での直販が可能になった |
| 拠点 | 本文は北ジョージアの3つのタップルーム。概要欄は「4 Locations」 |
| 4店目 | ダウンタウン・ケネソーに2027年。月日の記載はありません |
| 使っている道具 | Square Point of Sale/Loyalty/Marketing/Inventory Management |
| 案内の宛先の決め方 | 過去のテーマイベント参加者を顧客データで特定して送る |
| 公表された結果 | 2024年のテーマイベントで、来場者の内訳が returning と new で 2:1 |
| 季節商品での同じ運用 | 12月のコキートを、前年までの購入者へ知らせた |
| 来場者数・売上・利益 | 記載がありません |
| イベントにかけた費用 | 記載がありません |
| 案内を送らなかった場合との比較 | 記載がありません |
| 各企画の開催回数と集客数 | 記載がありません |
| 第三者による検証 | 記載がありません |
下のほうが空いているのは、この種の導入事例では普通のことです。埋めずに「公表されていません」と答えられる状態にしておくほうが、あとで困りません。
まとめ
Reformation Brewery の事例で公表されている数値は、2024年のテーマイベントの来場者の内訳が returning と new で 2:1 だったという1点です。売上も来場者数も費用も出ていません。したがって、この事例は成果の大きさを示すものではありません。
示されているのは手順です。拠点ごとに内容の違うイベントを回し、案内の宛先を「過去に同じ種類のイベントへ来た人」という事実で絞り、当日の購買をまた記録として残して翌年の判断に使う。季節商品のコキートにも同じ形を当てています。
日本の小さな店が先にできるのは、4番目の工程です。イベントや季節商品の売上だけを数えるのをやめて、誰が来たかを残すことから始まります。宛先の条件は、記録がたまったあとに初めて作れます。公表された比率を目標値として置く必要はありません。
この分野の実務を相談したい方へ
記事で扱っている内容は、当社が実務として支援している領域です。 自社で進めるか外部に任せるかの判断からご相談いただけます。