中小企業成功事例/海外事例

米ナイフメーカーMontana Knife Companyの、SNSに頼らない売り方

手作りナイフのMontana Knife Companyは、発売ごとに売り切れる状態をメールとSMSで作っています。公式導入事例に出ている数字と、その数字が実際に何を測っているのかを整理しました。

小さなメーカーが、広告を増やさずに「出したらすぐ売り切れる」状態を作れるのか。米国の手作りナイフのブランド Montana Knife Company の公式導入事例は、その問いに対して自社が持っている連絡先を事業の土台として扱うという答え方をしています。SNSのフォロワー数ではなく、メールとSMSの登録者を軸に発売を設計した会社です。

公表されている数字は、直近12か月でEC売上が前年比89%増、そのEC売上の75%がKlaviyo経由として計上されている、SMSのROIは11倍、というものです。5年で100倍という売上成長も同じページに書かれています。

ただし、この「75%」はメールとSMSが売上の75%を生んだという意味ではありません。帰属(どの接点に功績を付けるか)の計算結果です。この記事では、公式導入事例に書かれている施策の中身を整理したうえで、Klaviyoの公式ヘルプを突き合わせて、その数字が何を測っているのかまで見ます。確認日は2026年10月27日です。英語の記載を訳しているため、管理画面の日本語表記とは語が違うことがあります。

どんな会社で、何を売っているのか

Montana Knife Company は、働く人のための実用的なナイフを手作りで作っていると自己紹介しているブランドです。米国内での製造を掲げ、狩猟・キャンプ・料理用のナイフに加えて、アパレルとナイフの付属品も扱っています。販売はDTC(自社のオンライン直販)が中心で、ストアはShopifyの上で動いています。

共同創業者は2人です。マスターブレードスミス(刃物の親方職人)の Josh Smith さんと、CMO の Brandon Horoho さん。職人と売り手が最初から組んでいる構成になっています。

事業の性質として重要なのは、生産が週ごとの小さなロットであることです。作れる本数が限られているため、出した分は短時間で売り切れます。ここから、この会社の課題が一般的なECとは逆向きになります。

鍛冶場の台の上で、職人がハンマーを使って赤く熱した金属を打っているイメージ画像
手作業で週ごとに少量を作る、という生産の制約がこの事例の出発点です。Montana Knife Company の工房を撮影したものではなく、鍛造の作業を示すイメージ画像です。写真: Pixabay(Pexels)

公式導入事例が課題として挙げているのは、メールの登録者数が、作れる本数を大きく上回っているという状態です。熱心な登録者が買えないまま終わる回が続き、それが事業の持続性にとっての問題だと書かれています。集客に困っている会社の話ではなく、需要の方が余っている会社の話です。

なお、売上額、従業員数、メールとSMSの登録者数といった規模の数字は公表されていません。「100倍」「89%」は比率だけが出ている形です。

借りている接点から、自社で持つ接点へ

この会社が最初に置いた前提は、SNSを信用しないという考え方です。マーケティングマネージャーの Nick James さんは、「自社で持つデータは常に極めて真剣に扱ってきた。どの瞬間にも、我々のSNSは消えうるから」と説明しています。アカウントの停止や仕様変更で届かなくなる可能性を、運用の前提に入れているということです。

そのうえで、SNSで自然に集まった熱心なファン、10,000人を超える層に対して、メールとSMSの専用の登録フォームを用意しています。この層はVIPのセグメントとして扱われ、先行アクセス、フラッシュセール、限定の特典や機会が与えられると書かれています。

SNSで集まったファンを自社の連絡先へ移す流れを左右に分けた分岐図。左は借りている接点としてFacebookで集まった10,000人超のファンと「どの瞬間にもSNSは消えうる」という担当者の発言、右は自社で持つ接点としてメールとSMSの登録フォーム、VIPセグメントへの先行アクセス、発売時の同時送信を並べ、中央に登録フォームの矢印を置いている
左から右へ移す経路が「専用の登録フォーム」1本に絞られています。右側の3つは、いずれも宛先を自社側で持っている接点です。出典:Klaviyo「Montana Knife Company powers 100x growth and long-term VIP relationships with CRM」(確認日 2026-10-27)

ここで見落としたくないのは、SNSを捨てていないことです。ファンが集まる場所としては使い続けています。やっているのは、集まった人を自社側の宛先へ移すことです。借りた場所で人を集めて、自分の名簿に書き写す、という順序になっています。

Eコマースディレクターの Mike Gilliland さんは、Klaviyo を「あらゆることにおいて疑いなく我々の第一のチャネル」と呼び、サイトへの流入と転換を動かしている中心だと述べています。

発売1回の流れ

施策として具体的なのは、1回の発売で何をどの順で送るかです。

公式導入事例によると、発売の前に3通のメールを送ります。この3通には購入を促すCTAを置きません。期待を積み上げるためだけの配信だと説明されています。そして商品が出る瞬間に、メールとSMSを同時に送ります。

SMSの役割は、即時性です。Gilliland さんは「テキストメッセージを送ると、1分とたたないうちに数千人がサイトに来ている」と述べています。少量の在庫を短時間で動かす売り方では、到達の速さが成立条件になります。

1回の発売で送る順番を5段に並べた手順図。事前に3通のメールを購入リンクなしで送り、発売の瞬間にメールとSMSを同時に送り、送信直後に数千人が訪れ、小ロットの在庫が売り切れ、買えない登録者が残る、という流れを各段の補足とともに示している
1段目に購入のリンクが無いことが、この型の特徴です。最下段は成果ではなく、公式導入事例が課題として挙げている状態です。出典:Klaviyo「Montana Knife Company powers 100x growth and long-term VIP relationships with CRM」(確認日 2026-10-27)

「売らないメールを3通送る」という部分は、日本の実務でも試しやすい一方で、評価の仕方を変えないと社内で続けられません。購入のリンクが無い配信は、その配信単体では売上が立ちません。何を見て良し悪しを判断するのかを先に決めておく必要があります。段階に分けて送る配信の設計そのものはステップメールとは?仕組み・作り方・マーケティング活用例で整理しています。

公表されている数字と、その条件

数字は4つ出ています。並べると次のようになります。

公式導入事例に出ている数値を3枚の数値カードと帯で並べた図。EC売上の前年比89%の伸び、EC売上のうちKlaviyo経由が75%、SMSのROIが11倍の3枚と、キャンペーン経由の売上が前年比2倍、配信停止率が7%低下、5年で100倍という値を帯に置き、母数が公表されていないことを注記している
3枚のカードはいずれも直近12か月の値です。帯の3つは期間の扱いが異なり、100倍だけが5年という長さを持っています。出典:Klaviyo「Montana Knife Company powers 100x growth and long-term VIP relationships with CRM」(確認日 2026-10-27)

読むときの条件は3つあります。1つ目は、1社・1期間の値だということ。2つ目は、母数が公表されていないことです。前年比89%増と言われても、元の金額が分からなければ規模は分かりません。3つ目は、ROIの計算式が書かれていないことです。11倍という値が、何を費用として、何を売上として計算したものなのかは、このページからは判断できません。

配信停止率が7%低下した、という値も出ています。送る回数を増やすと配信停止が増えるのが普通なので、同時期に売上が伸びて配信停止が減っているのは、送る相手と内容が合っていたことを示す材料になります。ただしこれも、何に対する7%なのかは書かれていません。

「75%」は帰属であって、因果ではない

実務でいちばん誤読されやすいのが、2枚目のカードの「EC売上の75%がKlaviyo経由」です。これはKlaviyoが帰属(attribution)として計上した割合で、売上の75%をメールとSMSが生み出したという意味ではありません。

Klaviyoの公式ヘルプは、既定の帰属モデルを明記しています。ラストタッチ、つまり購入の直前にあった有効な接点に、功績の100%を与える方式です。さらに、どこまで遡って「有効」と見なすかの窓(ルックバックウィンドウ)にも既定値があります。

項目 既定の設定 何が起きるか
帰属モデル ラストタッチ 購入の直前の有効な接点が功績の100%を取る
メールのクリック 5日 5日以内にクリックがあれば、その購入はメールへ付く
メールの開封 5日 クリックが無くても、開封だけで功績が付きうる
SMSのクリック 5日 5日以内のクリックが対象。開封は計測されない

複数のチャネルを使っている場合、Klaviyoはチャネルごとの窓を見て、購入の時点でどちらに功績を付けるかを決めます。公式ヘルプが挙げている例では、SMSのクリックの窓が閉じていて、メールの窓が開いている状態で購入が起きた場合、功績はメール側へ行きます。

この仕組みを、この会社の売り方に重ねると、何が起きるか見えてきます。発売の時刻に合わせてメールとSMSを送り、すでに買う気で待っていた登録者が、その通知を見て買う。この購入は、窓の中にある最後の接点に付きます。つまり「75%」は、買う気の発生源がどこかを測った数字ではなく、購入の直前に自社の配信があったかを測った数字です。

同じ構造は、どの計測ツールにもあります。GA4でも、モデルと窓の設定によってレポートの数字が動きます。設定の違いで何が変わるのかはGA4のアトリビューション設定|モデルの違いと数字が動くレポートに整理しています。

だからといって、この数字が無意味だということではありません。「売上のうち、自社の配信が直前に関与していた割合」としては正しく読めます。発売の合図を自社のチャネルで出している会社では、この割合が高く出るのは自然なことです。問題になるのは、この数字を社内資料で「メールが売上の75%を作った」と書き換えたときです。

SMSを同じ型で足すときの前提

この型を真似るときに最もつまずきやすいのが、メールとSMSを同じものとして扱ってしまうことです。Klaviyoの公式ヘルプは、2つを別のチャネルとして扱う理由をいくつか挙げています。

まず同意です。メールの同意はSMSの同意になりませんし、その逆も成り立ちません。ヘルプは、SMSマーケティングの同意は常に明示的でなければならないと書いています。メールでは黙示の同意が成り立つ場面があるのに対して、SMSは別建てで取り直す必要があるということです。Montana Knife Company が「メールとSMSで専用のフォームを用意している」のは、この構造に沿った形になっています。

次に費用の出方です。メールの費用はアカウント内のアクティブなプロフィール数と月の送信数で決まりますが、SMSは別の追加プランで、相手の国、受信者の数、メッセージのセグメント数によって変わります。送れる国も限られます。日本向けに同じ運用ができるかは、プランと対象国の条件を確認するところからになります。

そして計測です。Klaviyoは、SMSの開封を計測しません。見るのはクリックと転換です。「SMSのROIが11倍」という値は、開封を含まない指標の上に立っている、ということになります。

日本国内へ広告や宣伝のメールやSMSを送る場合は、国内の法令も関わります。総務省の迷惑メール対策のページは、同意を証する記録の保存について案内を出しており、短縮メッセージサービス(SMS)にも触れています。具体的な要件は自社の状況で変わるため、同意の取り方と記録の残し方は、配信を始める前に確認してください。この記事は法令の解説ではありません。

日本の実務者が参考にできる点

事例の中身から、持ち帰れる形にできるものを4つに分けます。

第一に、供給が足りない状態を、謝る材料ではなく登録の材料にするという考え方です。この会社は、売り切れが続く状態を前提に、次回の通知を受け取る宛先を集める設計にしています。在庫が復活したら知らせる、という受け身の案内ではなく、発売の日時を自社のチャネルだけで知らせる形です。少量生産や受注生産の事業では、同じ構造を作れます。

第二に、「売らない配信」を評価する指標を先に決めることです。事前の3通には購入のリンクがありません。この3通を売上で評価すると、確実にゼロになります。見るべきは、開封とクリック、そして発売当日の到達と流入です。どの配信で何を測るかを分けておかないと、効果が出ている施策が社内で止まります。

第三に、チャネルの比率を、自社の定義で出すことです。「メール経由◯%」という数字を社内や顧客に出すなら、帰属モデルと窓の長さを先に決めて、その条件を数字と一緒に書いてください。条件を書かない比率は、あとから必ず揉めます。再購入の設計そのものについてはリピーターを増やす方法|既存顧客の再購入を促すマーケティング施策で扱っています。

第四に、消えうる接点から、残る接点へ移す経路を1本は持つことです。この会社の場合は専用の登録フォームでした。SNSのフォロワーが何人いても、その場所の仕様が変われば届き方は変わります。移す先を自社で持っているかどうかは、施策の上手さとは別の、構造の問題です。外部の資金や外部の場所に頼らずに規模を広げた事例としては帽子1つから始まった米アパレルEvery Other Thursdayの資金の回し方も同じ系統の話になります。

公表されていないこと

推測で埋めないために、探しても見つからなかった項目を残します。売上額と利益、メールとSMSの登録者数、SMSの送信数と費用、ROIの計算式、VIPセグメントの選定基準、89%という伸びの母数、100倍という成長の年ごとの内訳。いずれも今回の出典には書かれていません。

また、この導入事例を公開しているのは、同社が使っているツールの提供元です。成功した側の視点で書かれた資料であることは、読むときに差し引いておく必要があります。同社自身が公開している数字ではありません。

まとめ

Montana Knife Company の事例は、小さなメーカーが、SNSを集客の場として使いながら、宛先は自社で持つという役割分担を徹底した記録として読めます。発売の前に購入のリンクを置かないメールを3通、発売の瞬間にメールとSMSを同時に。10,000人を超える熱心な層をVIPとして扱い、先行アクセスを出しています。

公表されている値は、直近12か月でEC売上が前年比89%増、EC売上の75%がKlaviyo経由、SMSのROIは11倍、キャンペーン経由の売上は前年比2倍、配信停止率は7%低下です。5年で100倍という成長も出ています。

このうち「75%」は、ラストタッチと既定5日の窓で計算された帰属の割合です。自社の配信が購入の直前に関与していた割合としては正しく、売上を生み出した割合としては読めません。この切り分けを保ったまま、供給が足りない状態を宛先集めに変える設計と、売らない配信を評価する指標の2つを持ち帰るのが、いちばん事故の少ない使い方です。

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