メールの反応が落ちてきたとき、最初に出てくる案はたいてい「配信を増やす」です。週1回を週2回にする、ステップメールを1通足す。送る量を増やせば、届く量も増えるという考え方です。オーストラリアのカンガルー島にあるユーカリ油の蒸留所Emu Ridgeが公表している運用は、その逆を向いています。全購読者へ送るキャンペーンは年4回で、放置されたカートに送るステップメールは3通から2通へ減らしています。
先に結論を書きます。この店が決めたのは3つです。購読を頼む場所を、店頭の買い物の流れの中に置いたこと。全リストへ送る回数を決めて、それ以上は増やさなかったこと。そして、ステップメールを1通ずつの成果で見て、効いていない1通を外したことです。公表されているのは比率と倍率で、売上額、購読者数、費用はいずれも公表されていません。この記事で扱うのは、Klaviyoの公式導入事例と同社の公式サイトに記載がある範囲だけです。確認日は2026年10月2日です。
カンガルー島の蒸留所が売っている相手
Emu Ridgeは、公式導入事例では20年以上にわたって営んでいる家族経営のユーカリ油の蒸留所と紹介されています。自然由来の製品を、オンラインと現地の店舗の両方で売っているとされています。公式サイトのほうを見ると、1991年から蒸留所とファームゲートの小売店を開いており、カンガルー島の観光名所になっていると書かれています。ユーカリ油のほかに、スキンケア、石けん、はちみつなどが並び、地元の生産者の製品を置く場にもなっています。見学は自己ガイドのものが年間を通して用意され、団体向けの案内も受け付けています。
ここで押さえておきたいのは、この店の来客の多くが、島へ旅行に来た人だという前提です。島の観光名所として紹介されている店に、近所の人だけが通うわけではありません。遠方から来た人は、その日はよく買ってくれます。けれども翌月に同じ棚の前に立つことはまずありません。来店の頻度で関係を続ける商売とは、条件がまるで違います。
つまりこの店にとって、オンラインストアは「実店舗の補助」ではありません。一度来た人がもう一度買える唯一の場所です。そして、その人をオンラインへ連れていく手段がメールです。順番を間違えないでください。メールを始めたから購読者が集まったのではなく、帰ってしまう客をつなぎ止める場所が必要だったから、メールが効く構造になっているのです。
購読を頼む場所は、会計の流れの中にある
公式事例には、購読の呼びかけをどこに置いているかが具体的に書かれています。蒸留所のあちこちに購読の呼びかけを置き、それを対面の会計の流れの中に組み込み、さらに印刷したパンフレットにも入れている、という記載です。
この3つは、置き場所としての性質が違います。パンフレットは持ち帰ってから思い出すためのもの、館内の呼びかけは見学中に目に入るためのもの、そして会計の流れに入っているものだけが必ず全員に一度は提示されるものです。言い方を変えると、他の2つは当たる確率の話ですが、会計の中に置いたものだけは運に左右されません。
小さな店でメールの購読者が増えないとき、原因はたいてい呼びかけの文面ではなく、呼びかける瞬間が決まっていないことにあります。レジが混んでいる日は言わない、担当者によって言わない、ということが起きます。買い物の流れの一部にしてしまえば、言うかどうかを毎回判断せずに済みます。ここは文面を練るより先に決めるところです。
もう1つ、観光客を相手にしている店にとって重要なのは、この瞬間が年に一度しかないという点です。帰ってしまえば、次に案内できる機会はありません。店頭での一度の呼びかけが、そのままオンラインでの関係の有無を決めます。
全リストへの配信は年4回
配信の回数について、公式事例には、Emu Ridgeが全リストへキャンペーンを送るのは年4回だと書かれています。四半期に1回です。
この数字だけを見ると、少なすぎるように感じるはずです。ただし、これは全リストへ一斉に送るものの回数であって、メールを送るのが年4回だという意味ではありません。放置されたカートへのステップメールは別に動いていますし、公式事例では費用の話として、全リストへの配信は他の選択肢より安く済むという比較のしかたで触れられています。全員へ送る行為を特別なものとして扱い、それ以外は条件に合った人へ自動で届く形にしている、という構造です。
ここが日本の小さな事業者にとっていちばん参考になる部分だと思います。全員へ送る配信と、条件に合う人へ届く配信は、別の予算と別の判断で動かすものです。前者を増やすと、購読を解除する人が増え、費用も増えます。後者は、相手の行動が起点なので、増やしても受け取る人が増えるわけではありません。ステップメールの考え方そのものはステップメールとは何かで整理しています。
なお公式事例には、年4回という回数をどのように決めたのか、どの時期に送っているのかは書かれていません。年4回が適切な回数だという根拠も示されていません。回数そのものを真似する話ではありません。先に決めておき、増やすときは理由を言えるようにしておく、という運び方のほうが要点です。
1通ずつ見て、効果の薄い1通を外す
公式事例には、もう1つ具体的な判断が書かれています。この蒸留所の放置カートのステップメールは3通で構成されていましたが、1通ごとの分析を見たところ、最後の1通がほとんど売上を生んでいなかったため、その1通を外したという記載です。
地味な話に見えますが、実務ではここが分かれ目です。ステップメールは、流れ全体でいくら売れたかを合計で見るのが普通です。合計が黒字なら、流れは成功しているように見えます。合計の中に、受け取る人の手間だけを増やしている1通が混じっていても、合計の数字は教えてくれません。1通ずつに分けて見るまで、その1通は見つかりません。
外したときに得られるものは、売上ではありません。受け取る人の受信箱に送るメールが1通減ること、そして作って管理する対象が1通減ることです。効いていない1通を残しておくと、解除する人を増やし、次に文面を見直す手間も増えます。
もし自社で同じことをするなら、見る順番は決まっています。まず流れごとの合計ではなく、1通ごとの指標が取れるかを確認します。取れないなら、この判断そのものができません。取れるなら、売上に加えて解除や苦情の数も並べて見てください。売上がわずかに出ている1通でも、解除を増やしているなら残す理由は弱くなります。メールの運用全体の組み立てはメールマーケティングのやり方で扱っています。
公表されている3つの数値と、その読み方
公式事例には、数値が3つ並んでいます。いずれも比率か倍率で、金額ではありません。
1つ目は、2022年のKlaviyo ROIとして「32.5x」という表記です。2つ目は、同じ2022年について、Klaviyoに起因する売上の前年比の成長が66.7%という表記です。3つ目は、直近1年のキャンペーンの注文率の成長が80.3%という表記です。
読むときの注意を3つ書いておきます。第一に、ROIの算出の内訳は示されていません。何を費用に含め、何を成果として数えたのかが分からないため、自社の数字と並べることはできません。第二に、起因という言い方は、どのメールが売上につながったかをプラットフォーム側の計測で判定したものです。判定の方法が違えば、同じ売上でも別の数字になります。第三に、3つ目だけ対象が「直近1年」で、その起点の日付が示されていません。
それでも読み取れることはあります。配信を増やさない運用でも、公表に値する数字が出ているという事実です。回数を減らせば成果が上がるという話ではありません。回数が少ないことと成果が出ないことは、自動的にはつながらない、ということだけが言えます。
乗り換えの理由は、機能ではなく引き継げるかどうか
この事例でもう1つ目を引くのは、ツールを乗り換えた理由です。公式事例によると、以前はMailchimpを使っており、費用の都合で購読者リストを複数のアカウントに分けていました。その複雑な構成を把握しているのは本人だけで、他の人へ渡せる状態ではありませんでした。健康上の事情もあり、自分以外が扱える形へ移す必要があったと書かれています。
探していた条件として挙がっているのは、安く済むこと、1か所にまとまること、自社のWooCommerceのストアと連携すること、そして複数人で一緒に扱えることです。費用の面では、課金が連絡先の総数ではなく動いているプロファイルの数に連動する点が挙げられています。公式事例には、乗り換えたあとの状態について本人の言葉として「It all runs very smoothly.」(とても順調に回っている)が載っています。
選定の基準が、機能の多さではなく引き継げるかどうかに置かれている点に注目してください。小さな事業者がツールを選ぶとき、比較表の機能欄を見比べることになりがちです。けれども実際に困るのは、設定を作った人が抜けたときです。アカウントを分ける、独自の命名規則を作る、手元のメモに手順を書く。どれもその場では合理的で、あとから誰も触れなくなります。
この事例のきっかけは体調という個人的な事情でしたが、同じことは退職、異動、繁忙期の引き継ぎでも起こります。いま回っていることと、自分以外でも回せることは別の話です。顧客との関係を長く続けるための土台でもあります。関係を切らさない仕組みづくりはリピーターを増やす方法でも扱っています。
日本の小規模事業者が参考にできる点
同じツールを入れるべきだという話ではありません。日本で使える配信ツールは別にありますし、課金の方式も違います。参考になるのは、決めた順番のほうです。
最初に決めるのは、購読を頼む瞬間です。チラシを置く、レジ横に案内を出す、といった置き方ではなく、会計や予約の流れのどこで言うのかを決めてください。言う人が判断しなくて済む形になっているかが基準です。観光地の直売所、蔵元、農産物の直売のように、遠方からの一度きりの来店が多い商売では、ここが成果の大半を決めます。
次に、全員へ送る回数を先に決めます。多くても少なくてもかまいませんが、決めずに始めると、売りたい事情があるたびに増えます。増やすときは理由を説明できることを条件にしてください。
三つ目は、1通ごとの成果を見られるかどうかの確認です。流れ全体の合計しか見られない状態では、効いていない1通を見つけられません。契約する前に、どの単位まで分けて見られるかを確かめておくほうが早いです。
四つ目は、課金の単位です。連絡先の総数で課金されるのか、実際に届いている人の数なのかで、休眠している購読者の扱いが変わります。リストを分けて節約する発想が出てくるのは、ここの設計が合っていないときです。
五つ目は、自分以外が扱える状態にしておくことです。アカウントを分けない、独自の規則を作ったら書き残す、権限を複数人に持たせる。この3つで足ります。
最後に、同意の取り方と配信停止の導線です。海外の事例をそのまま持ち込めない部分なので、国内の決まりに合わせて、送り始める前に整えてください。
なお、こうした整理をすれば売上が伸びるという保証はありません。公表されている数値も、この蒸留所の商品と立地と顧客のもとで出たものです。
公表されていないこと
確認できなかったことを残します。Emu Ridgeについては、売上額、購読者の数、注文の件数、メール経由の売上の構成比、配信にかかっている費用のいずれも公表されていません。したがって、この事例から規模や費用対効果の水準を読み取ることはできません。
運用の細部も分かりません。全リストへの配信を年4回に決めた理由と時期、1通あたりの文面、購読者が店頭とオンラインのどちらで集まったかの内訳、放置カートのステップメール2通の間隔は、いずれも記載がありませんでした。ステップメールの1通を外したあとに売上や解除がどう動いたかも示されていません。
公式サイトの側で確認できたのは、1991年からの営業、所在地、扱っている商品、見学の案内までです。従業員数や生産量は記載を見つけられませんでした。
分かっているのは、全リストへの配信を年4回に保ち、効いていない1通を外した店が、公表に足ると判断した比率を出しているという事実です。ここから先を数字で語ることはできません。
出典と注記
この記事は、Klaviyoの公式導入事例と、Emu Ridgeの公式サイトを出典としています。どちらも、プラットフォームまたは事業者が自ら公開している一次情報です。数値は原文の表記に沿っており、単位や通貨の換算はしていません。英語の記載を訳しているため、日本語の資料では語が違うことがあります。掲載内容は改定されるため、検討の際は各ページの現在の記載を確認してください。確認日は2026年10月2日です。
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