小さく始めた事業がいちばん詰まるのは、売れ始めたあとです。次の在庫を仕入れる金がない。借りるか、出資を受けるか、伸びを我慢するか。米ニューヨークのアパレルブランド「Every Other Thursday」は、この三択のどれも選ばずに実店舗まで到達しました。Shopifyの公式ブログに掲載された創業者Ethan Glennさんのインタビューに、その進め方が本人の言葉で書かれています。
先に断っておくと、これは「誰でも同じようにできる」という事例ではありません。出発点に、写真と動画で作った発信の蓄積があります。ただし、そこから先の資金の回し方と、意図的に「やらなかったこと」の選び方は、業種を問わず持ち帰れます。
何から始まったのか
インタビューによると、Every Other Thursdayはもともと衣料品の会社ではありませんでした。始まりはInstagramのムードボードです。古い車、昔のカタログ、着込んだジャケットの落ち感。そうした画像を集めたアカウントでした。Glennさんは、これを事業にするつもりはなかったと述べています。
Glennさん自身の経歴は、マーケティングと写真です。インタビューには、トロントで百万人規模のフォロワーを持つインフルエンサーのもとで、写真・動画・編集の仕事をしていたことが書かれています。
転機は1つの帽子でした。アカウント名を入れた帽子を自分用に作り、動画の中でかぶった。すると視聴者から「買いたい」という声が出た。Glennさんは帽子を20個作り、これが数分で売り切れたとされています。そして最初の20個の売上が、次の80個の資金になりました。
インタビューでは、そこから12〜18か月のうちに本格的なブランドへ育ったとされ、Glennさんは「自分が追いつけない速さで変わっていった」と述べています。
資金の回し方
この事例の中心はここです。インタビューでGlennさんは、次のように述べています。「最初からずっと、それ自体で資金が回ってきた。自分で金を入れたこともないし、出資を受けたこともない」。
やっていることは単純です。1回の発売の売上が、次の発売の原資になる。20個の帽子の売上で80個を作る。その売上でさらに次を作る。増える速さは、直前の売上が決めます。
この形には明確な制約があります。急に大きく張れません。話題になったからといって、10倍の在庫を用意することはできない。逆に言えば、売れなかったときに残る借金もありません。伸びの上限と、失敗したときの損失の上限が、同じ仕組みで決まっているという構造です。
商品の広げ方も、この制約に沿っています。Glennさんは帽子のあとに何を作るかを、自分の部屋を見回して決めたと述べています。灰皿、革の財布、そして衣料品へ。作りやすいものから順に足していったという説明です。方向としては、いくつもの分野へ広げるのではなく「横へ広げる」ことを重視しているとされ、いちばん売れている商品は色あせた緑のファティーグパンツで、綿やリネンなど複数の生地で展開されています。
意図的にやらなかったこと
自己資金で回す以上に効いているのが、「やらなかったこと」の側です。インタビューには2つ書かれています。
1つ目は広告です。最初の2〜3年、広告を1本も出していないとされています。Glennさんが既に持っていた視聴者が、そのまま購入につながったという説明です。ここは前提条件なので、そのまま真似できる部分ではありません。ただし、広告を出さない期間があったということは、1件あたりの獲得費用を計算せずに済む期間があったということでもあります。粗利がそのまま次の在庫になる。自己資金で回す設計と、広告を使わない設計は、噛み合っています。
2つ目のほうが、より応用が利きます。Glennさんは、自分自身をブランドの顔にしませんでした。インタビューでの言葉はこうです。「いつもモデルを起用していた。自分がモデルになることはなかった。だからブランドが自分から独立して育った」。
発信者が自分の商品を持つとき、いちばん起きやすいのは、ブランドが本人の人気と一体化することです。そうなると本人が発信を止めた瞬間に売上が止まり、譲渡も委任もできなくなります。この事例では、人格とブランドを別の縦軸として最初から分けていました。Glennさんは、独立した縦軸として作ったからこそ、ブランドは早く自分の足で立てるようになったと述べています。
実店舗と、その後
インタビューによると、Every Other Thursdayは記事の公開のおよそ6か月前に、ニューヨーク市に実店舗を開いています。公式サイトの店舗案内には、旗艦店がニューヨーク市ノリータ地区にあること、住所が7 Prince Street であること、週7日、毎日11時から19時まで開いていることが記載されています。公式サイトの商品分類は、ボトムス、トップス、ニット、ジャケット・アウター、シャツ、アクセサリー、そしてレディースです。帽子1つから始めた品揃えとしては、かなりの幅になっています。
公式サイトは、この旗艦店を「ブランドの歴史における大きな節目」だと書いています。自己資金だけで回してきた事業にとって、家賃と人が固定で発生する実店舗は、それまでとは性質の違う負担です。1回の発売ごとに支出を決められる形から、毎月決まった額が出ていく形が加わります。掲げているのは「MADE FOR REAL LIFE」という一文で、扱う商品の性格と店舗の役割が、この言葉に沿って説明されています。
インタビューには、直近で小売とブランドの両面で採用を進めたことも書かれています。それによってGlennさんは運営の管理から離れ、クリエイティブの方向づけに集中できるようになったとされています。伸びを止めかねなかった疲弊を、人を入れることで避けたという説明です。
日本の小さな事業者が持ち帰れる点
3つあります。
1つ目は、最初の1回を「試作」ではなく「資金調達」として設計することです。この事例では、20個の帽子が次の80個の原資でした。少量を作って売り切れば、次の量を作る金と、需要があるという証拠が同時に手に入ります。逆に、最初から在庫を積むと、金も情報も手に入らないまま倉庫が埋まります。
2つ目は、商品の広げ方を「作りやすさ」から決めることです。Glennさんは、部屋を見回して作れそうなものから足していきました。作りたいものではなく、いまの体制で作れるものから順に足す。これは、外注先を新規開拓する回数を減らす選択でもあります。
3つ目は、人格とブランドを分けることです。個人事業や少人数の会社では、代表者の発信が集客の中心になりがちです。それ自体は強みですが、分けておかないと、事業が代表者から離れられなくなります。分ける方法は難しくありません。この事例のように、商品の見せ方に本人を出さないだけです。
一方で、そのまま真似できない部分もはっきりしています。出発点の視聴者は、写真と動画の実務で数年かけて作られたものです。この蓄積がない状態で「広告を出さない」を真似ると、単に人が来ません。順序としては、発信の蓄積が先で、自己資金での回転はそのあとです。
公表されていないこと
インタビューにも公式サイトにも、売上額、粗利率、従業員数、在庫の金額、実店舗の賃料や損益は書かれていません。帽子の20個と80個以外に、生産量や販売数の記載もありません。創業の年も、この2つの情報源には記載がありません。
したがって、この事例から読み取れるのは金額の水準ではなく、資金の回し方の構造です。数字の裏づけが必要な判断に、この事例を根拠として使うことはできません。
この分野の実務を相談したい方へ
記事で扱っている内容は、当社が実務として支援している領域です。 自社で進めるか外部に任せるかの判断からご相談いただけます。