米国ニュージャージー州ユニオンシティの「Jono Pandolfi Designs」は、陶芸家のJono Pandolfiさんと、事業運営を担う兄弟のNick Pandolfiさんが営む陶器の工房です。高級レストランやホテル向けの食器で知られてきましたが、Shopifyの公式ブログに掲載されたインタビューでは、個人向けの販売が現在ではレストラン向けの売上を上回っていることが語られています。法人向けで築いた事業を個人向けへ広げるとき、何が変わり、何を変えなければならないのか。その具体が語られている点で、参考になる事例です。
何をしたか:法人向けの信頼を土台にする
事業の出発点はレストラン向けです。公式サイトによれば、工房はユニオンシティの大きな産業用の建物にあり、職人たちが日々そこで成形、施釉、焼成を行っています。定番のCoupeコレクションは、ニューヨークのNoMadホテルのために、シェフのDaniel Hummさんと共同で設計されたものです。取引先には美術館の飲食施設や高級ホテル、星付きのレストランが含まれます。
注目したいのは、この評判の広がり方です。Pandolfiさんは、シェフと直接やりとりして予算を把握し、そこから逆算して素材を選ぶという進め方をしてきました。本人はこう語っています。「私たちの名前は、飲食業界の中で自然に広がっていった。単に独自の商品だったからというだけでなく、シェフが実際に払える価格帯だったからだ」。作り手の理想を優先して価格を決めるのではなく、相手の制約から設計する。この順序が、紹介による広がりを生んだという説明です。
体制も公表されています。20人を超える職人を雇用し、有給休暇、健康保険、401(k)を用意しています。生産の時間が終わったあとは、職人が自分の制作のために工房を使えるようにもしています。手仕事を続ける事業として、作り手が働き続けられる条件を整えていることがわかります。
この待遇の設計は、事業の性質から見ると合理的です。手仕事の品質は、担当する職人の熟練に依存します。人が入れ替わるたびに品質が揺れる事業では、規模を広げるほど評判が不安定になります。働き続けられる条件を整えることは、福利厚生であると同時に、品質を保つための投資でもあります。制作のために工房を使えるようにしている点も、作り手が技能を伸ばし続ける動機として働きます。
公表されている結果
大きな変化は、感染症の流行期に起きました。レストランの営業が制限されるなかで、個人向けの販売を本格的に広げています。その結果として、インタビューの時点では個人向けの売上がレストラン向けを上回るまでになりました。もともと法人向けだった事業の主力が入れ替わったことになります。
この転換で最も具体的に語られているのが、出荷の形の変化です。それまでは「500枚の皿をパレットに積んで、1軒のレストランへ送る」仕事でした。それが「2枚ずつ入った250個の箱を、250人の別々の顧客へ送る」仕事に変わります。運ぶ物量が同じでも、梱包の回数、宛先の数、破損への備え、問い合わせの数がすべて変わります。同社はこの過程でも費用の意識を保ち、手の届く価格を維持することを重視したと語られています。
顧客対応の仕組みも整えました。問い合わせを管理する仕組みと、明確な方針を用意することで、件数が増えても運用が回る形にしています。個人向けでは、法人向けと比べて一件あたりの金額が小さい一方、連絡の件数は桁違いに増えるためです。
集客の面では、シェフとの協業と、レストランが料理を盛りつけた写真が役割を果たしています。取引先が自分の料理を発信するとき、そこに自社の器が写る。この構造は、法人向けの取引が個人向けの認知につながる導線になっています。Tin Buildingの開業に合わせて、シェフのJean-Georges Vongerichtenさんと限定のコレクションを作った例も挙げられています。
なお、売上の具体的な金額、個人向けと法人向けの正確な比率、創業年、利益率については、今回参照した一次情報に記載がありません。「個人向けが法人向けを上回った」という記述はありますが、どの程度上回っているのかは公表されていません。転換の方向は確認できるものの、その幅は分からない状態です。事例を自社の判断材料にする際は、確認できる事実と、確認できない部分の境目を意識して読む必要があります。
日本の実務者が参考にできる点
第一に、法人向けの実績を個人向けの信頼に変換した点です。星付きのレストランで使われているという事実は、個人の買い手にとって品質の裏づけになります。法人向けで事業を続けてきた会社が個人向けへ広げる場合、この資産をどう見せるかは最初に検討すべき論点です。ただし、取引先の名称を出せるかどうかは契約によります。公表の可否を確認せずに実績として掲げることはできません。
第二に、出荷の形が変わることを事業の変更として扱う点です。500枚を1軒へ送る事業と、2枚を250軒へ送る事業は、売上が同じでも別の仕事です。個人向けへ広げる判断をするとき、商品の魅力や価格の議論に時間が割かれがちですが、実際に負荷がかかるのは梱包と問い合わせの現場です。ここを設計せずに始めると、注文が増えるほど現場が苦しくなります。
第三に、相手の予算から逆算する設計です。Pandolfiさんがシェフの予算を聞いてから素材を選んだように、売り先の制約を先に把握してから仕様を決める進め方は、紹介が生まれやすい形でもあります。作ったものを説得して売るのではなく、相手の条件の中で最良を出す。手仕事の事業が価格競争に巻き込まれずに続く条件の一つです。
第四に、取引先の発信が自社の宣伝になる構造を作った点です。レストランが料理の写真を出すとき、器も一緒に写ります。この事例では、それが個人の買い手に届く経路になっています。自社で広告を出さなくても認知が広がる形であり、法人向けの取引を持つ事業なら検討できる考え方です。ただし、これは器のように「使われている場面が撮影される商品」だから成立します。表に出ない部品や材料を扱う事業では、同じ構造はそのままでは作れません。自社の商品が顧客の発信に写り込む性質を持っているかどうかが、この手法を採れるかの分かれ目になります。
第五に、価格を維持する判断です。個人向けへ広げる過程で梱包と物流の負担は明確に増えましたが、同社は費用の意識を保ち、手の届く価格を維持することを重視したと語られています。負担が増えたぶんを価格に乗せれば、それまで築いてきた「払える価格帯」という評価が崩れます。工程の側で吸収するか、価格に転嫁するかの判断は、ブランドが何で選ばれてきたかによって変わります。
最後に補足します。この事例で個人向けへの転換が成功した背景には、すでに業界内で評価が確立していたことがあります。同じ順序を踏めば同じ結果になるとは限りません。自社に置き換える際は、いま持っている信頼が誰に対して有効なのかを確認してから進めてください。法人向けで得た評価が個人の買い手に届くのは、その取引先が一般に知られている場合に限られます。取引先の知名度が低い分野では、この転換は別の方法を考える必要があります。その場合は、実績の名前ではなく、作り方や素材の説明で信頼を作る形が現実的です。
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