米国テキサス州ダラスの「Bashify Event Co.」は、Bre Giglioさんが看護師として働きながら副業で始めたバルーン装飾の事業です。Shopifyの公式ブログに掲載された創業者インタビューでは、副業から本業規模へ移るまでの判断と、公表できる範囲の数値が語られています。この事例が興味深いのは、成長の要因として語られているのが技術の高さではなく、顧客が受け取る体験の設計だという点です。手に職をつけて独立したい人にとって、参考になる考え方が含まれています。
何をしたか:副業の創作から事業へ
Giglioさんがバルーンの仕事を始めたのは2020年です。当時はシアトルで小児集中治療室の看護師として働いており、看護の業務からくる腰の不調を抱えていました。事業として構想したというより、創作の出口として始めたことがきっかけです。感染症の流行期に屋外での小規模なピクニックの演出を手がけたことから、バルーンの装飾とイベントの企画へ広がっていきました。
現在の事業は、ダラスを拠点とした対面の仕事と、オンラインでの物販の二本立てです。公式サイトによれば、イベントの企画とバルーンの設営に加えて、発送できるDIYのバルーンキットや「Bash Box」と呼ばれる詰め合わせ、事前に膨らませたガーランド、バルーンの定期便を扱っています。誕生日、ベビーシャワー、ブライダルシャワーといった個人の催しから、企業の案件までが対象です。
転機になったのは2022年の移転です。ダラスへ移ったあと、事業はおよそ1,000パーセントの成長を記録しました。市場の規模と、事業として成立する条件が合致した結果と読めます。個人の催しを手がける事業は、商圏の人口と催しの頻度に売上が左右されます。同じ技能を持っていても、置かれた場所によって成立する規模が変わるという、地域密着の事業に共通する構造がここに現れています。
対象とする顧客の幅も広がりました。公式サイトによれば、いまは個人の誕生日やベビーシャワーだけでなく、企業の案件やブランドの催しも扱っています。個人向けの仕事で作った実績が、企業からの依頼を受ける裏づけになる。逆に企業の案件は、単価と規模の面で事業を支えます。どちらか一方に寄せず両方を持つ構成は、季節による繁閑の差を平すうえでも働きます。
集客の中心は自分で作る内容です。Giglioさんは、日中に設営の様子を撮影し、夜に編集する生活を続けています。インタビューでは、内容を作ることが本業だという趣旨の語り方をしており、装飾の仕事と発信の仕事を切り離していません。チャンネルの使い分けも明確です。ブランドのアカウントは「きちんとした場所。うちの仕事のカタログを見たいならそこへ」と位置づけ、個人のページは「もっと意見があって、人柄が出て、元気がある」場所として運用しています。同じ人物が発信していても、見に来る人の目的が違うという整理です。
公表されている結果
インタビューで公表されている数値を整理します。2025年の売上は$600,000です。このうちオンラインでの販売が40パーセントを占めています。対面の仕事だけに依存せず、発送できる商品を持ったことが、この構成につながっています。
顧客への向き合い方についても語られています。支払う金額の大小にかかわらず同じ扱いをすること、ダイレクトメッセージに反応することを実践しており、その理由を「人は、自分がどう感じさせられたかを覚えている」と表現しています。技術的な完璧さより体験を優先するという判断は、次の言葉に集約されています。「世界一のバルーンアーティストになろうとしているわけじゃない。最高のバルーン体験を届けようとしている」。
なお、利益率、原価、従業員数、広告費、移転前の売上規模については、今回参照した一次情報に記載がありません。1,000パーセントという成長率も、起点となる金額が公表されていないため、絶対額は不明です。副業として始めた事業の初期は売上そのものが小さいため、成長率は大きく出やすくなります。この数字を他社と比べる形で使うことはできません。あくまで、移転という判断がこの事業にとって大きな転換だったことを示す指標として読むのが適切です。
日本の実務者が参考にできる点
第一に、競争の土俵を選び直した点です。バルーンの装飾は、技術の巧拙で比べられやすい仕事です。Giglioさんはそこで一番になることを目標に置かず、依頼した人が受け取る体験を軸に据えました。技術の差が縮まりやすい領域では、比較の基準そのものを変えるほうが成立しやすい場合があります。自分の事業が何で比べられているかを一度書き出してみると、この判断の意味が具体的になります。
第二に、届けられる商品を持ったことです。対面の仕事は移動の範囲と時間に上限があります。オンラインが売上の40パーセントを占めるという構成は、上限のない売り方を並行して持った結果です。設営の技能をキットという形に変換したことで、同じ知見が距離を越えて売れるようになりました。手仕事の事業で規模を広げたい場合、この変換ができるかどうかは重要な分岐点になります。
第三に、発信の場を目的別に分けたことです。ブランドのアカウントは仕事の実績を確認する場所、個人のページは人柄に触れる場所という切り分けは、どちらも必要だという前提に立っています。一つのアカウントで両方をやろうとすると、実績を見に来た人にとっては雑音が増え、人柄に触れに来た人にとっては宣伝が増えます。依頼を検討している人が最初に見るのは実績です。すでに関心を持っている人が続けて見るのは人柄です。訪れる人の段階が違えば、見せるべきものも違うという整理になります。
第四に、発信を作業として組み込んだことです。日中に撮影し、夜に編集するという進め方は、発信を「余裕があるときにやること」ではなく、施工と同じ工程として扱っていることを意味します。個人事業では、目の前の納品に追われて発信が止まりがちです。撮影を施工の一部として最初から組み込んでおくと、この停滞は起きにくくなります。設営の現場そのものが素材になる事業では、とくに相性の良いやり方です。
第五に、顧客への対応を金額で区別しなかったことです。小さな注文にも同じように向き合うという方針は、短期的には効率が悪く見えます。しかし催しの装飾は、参加した人が次の依頼者になる仕事です。小さな案件の現場に居合わせた人が、次は自分の催しで依頼する。この連鎖を前提にすると、金額での線引きをしない判断は合理的です。紹介や口伝えが売上の柱になる事業では、目の前の一件を効率で測らない設計が効いてきます。広告に費用をかけずに依頼が続く状態は、この積み重ねの結果として生まれます。
最後に、この事例の前提について補足します。Giglioさんは看護師として働きながら事業を始め、体調の事情も抱えていました。副業から本業へ移る判断には、収入の見通しや生活の条件が関わります。ここで語られている成長の数値は、そうした個別の事情の上に成り立ったものであり、同じ手順が同じ結果につながることを示すものではありません。副業から始める場合は、本業を続けられる範囲で試し、需要が確認できてから比重を移すという順序が、生活の面でも無理が出にくくなります。
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