米国の抹茶ブランド「Nami Matcha」は、YouTubeで発信を続けてきたAshley Alexanderさんが立ち上げた事業です。Shopifyの公式ブログに掲載された創業者インタビューでは、立ち上げの経緯と、公表できる範囲の数値が本人の言葉で語られています。発信者が自分の商品を持つという形は日本でも増えていますが、この事例が示しているのは「フォロワーがいれば売れる」という単純な話ではありません。既存の視聴者を顧客に変えるために、何を先に用意したのかがはっきり語られている点に価値があります。
何をしたか:発信の蓄積を商品に接続する
Alexanderさんは10代前半からYouTubeで発信を続けてきたクリエイターで、インタビュー時点で26歳です。特徴的なのは、ブランドを立ち上げる前から、抹茶に関する動画を長年つくり続けていたことです。レビュー、レシピ、ASMR、旅の記録といった形で、抹茶という題材そのものが自分のチャンネルの文脈として定着していました。商品を出す前に、その商品について語る資格が視聴者から見て自明になっていた、と言い換えられます。
ブランドの構想は2022年から始まり、発売は2024年7月です。この間、Whalar Group傘下のMoby Venturesと組み、ブランド戦略、商品の位置づけ、運営の基盤づくりを立ち上げ段階から設計しています。個人の発信者が自力ですべてを抱えるのではなく、事業の設計と運営を担う相手を早い段階で入れたことになります。
顧客との接点の作り方も具体的です。中心はYouTubeで、舞台裏を見せる内容を継続的に出しています。Alexanderさんは「自分の視聴者は、裏側の細部をすべて見るのが好きなのだと気づいた」と語っています。加えて、メールとテキストメッセージで連絡が取れる「The Matcha Mob」というコミュニティを持ち、公式サイトでは早期アクセスや舞台裏の内容を届ける仕組みとして案内されています。SNSの投稿だけに依存せず、自分から連絡できる経路を持っている構造です。
さらに、オフラインの接点も作っています。ニューヨークとロサンゼルスで、Shopifyと組んだポップアップを開催しました。オンラインで完結する事業でありながら、実際に顔を合わせる場を定期的に設けている点は、コミュニティを掲げるブランドとして一貫しています。
この「舞台裏を見せる」という方針は、商品を売る前の期間にも効いています。抹茶のレビューやレシピを出していた時期は、まだ売るものがありませんでした。にもかかわらず、視聴者の側には「この人は抹茶に詳しい」という認識が積み上がっていきます。商品が出たときに、宣伝としてではなく続きとして受け取られる状態を、時間をかけて作っていたことになります。発信を始めてから商品を出すまでの距離が長いほど、この効果は強くなります。
公表されている結果
インタビューで公表されている数値を整理します。2024年7月の発売時には、24時間で完売しました。記事の時点で、売上は$6 millionを超えています。商品が届いている国は139カ国です。
ポップアップの実績も具体的に語られています。2024年10月にニューヨークで開催した回には1,300人を超える来場があり、売上は$23,000でした。2025年4月にはロサンゼルスのThe Lighthouseで、2025年11月にはニューヨークでMai Phamさんとの共同企画として開催されています。
商品の内容は公式サイトで確認できます。日本で栽培・製造された抹茶とほうじ茶を軸に、抹茶を点てるための道具(茶筅、茶碗、茶杓)やスターターキット、詰め合わせを扱っています。Fenty Beautyとの共同商品も掲載されています。Alexanderさんは公式サイトで、抹茶は「自分のコミュニティと一緒に楽しむもの」だと述べており、商品構成もその考え方に沿って、初めての人が始められる形と、続ける人が選べる形の両方を用意しています。
なお、利益率、仕入れの条件、Moby Venturesとの契約内容、広告費については、今回参照した一次情報に記載がありません。立ち上げ時の資金についても公表されていません。売上の金額は公表されている一方で、そこからどれだけ手元に残るのかは分からない、という状態です。事例を読むときは、公表されている数値が事業のどの側面を表しているのかを区別しておく必要があります。売上の規模と事業の健全さは別の話であり、片方だけでは判断できません。
日本の実務者が参考にできる点
第一に、商品より先に文脈を作っていた点です。Alexanderさんは「自分の視聴者を本当に理解している背景から来たことが、Namiの成功に大きく影響した」と語っています。抹茶の動画を出し続けた年月が、商品を出したときの説得力になりました。逆に言えば、関連のない題材で発信してきたアカウントが突然商品を出しても、同じようには機能しません。いま発信している内容と、将来売りたいものが地続きかどうかは、事前に確認できる項目です。
第二に、連絡できる経路を自分で持つことです。メールとテキストメッセージのコミュニティは、プラットフォームの表示の仕組みが変わっても影響を受けません。発売のように、決まった時刻に確実に届けたい情報がある事業では、この差が結果を分けます。
第三に、運営の設計を早い段階で入れたことです。発信者の強みは顧客との関係づくりにありますが、在庫、物流、決済、越境の対応といった運営は別の技能です。139カ国へ届けるという結果は、この部分を早期に整えた帰結として読むのが自然です。発売初日に完売するような立ち上がり方をする事業では、需要の読み違いが在庫と信用の両方を痛めます。設計を担う相手を早く入れた判断は、この危険に対する備えとしても機能しています。
第四に、オンラインの事業に対面の場を組み合わせたことです。ポップアップは、その日の売上だけで評価すると規模の小さい取り組みに見えます。しかし来場した人は、その体験を自分の発信として持ち帰ります。コミュニティを掲げるブランドにとって、実際に会える機会があるかどうかは、掲げた言葉が本当かどうかの確認になります。オンラインだけで完結できる事業ほど、この確認の機会は意識して作る必要があります。
最後に、この事例の読み方について補足します。24時間での完売という結果は、発売前に積み上がっていた視聴者の存在が前提にあります。同じ手順を踏めば同じ結果が出ることを示すものではありません。自分の事業に当てはめる際は、まず「いま自分の話を聞いている人が何人いて、その人たちが何を期待しているか」を確認するところから始めるのが現実的です。
もうひとつ注意したいのは、この事例が「発信者なら誰でも商品を出せる」という話ではない点です。Alexanderさんの場合、抹茶という特定の題材で長く発信してきた蓄積があり、そのうえで事業の設計を担う相手と組んでいます。発信の規模だけがあって題材との結びつきが弱い場合や、運営を担う体制がない場合には、同じ形にはなりません。自分の持っているものが、視聴者の数なのか、特定の分野での信頼なのかを見極めることが出発点になります。数だけでは、商品を出したときに動く人の割合は読めません。
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