サンフランシスコに The Epicurean Trader という食料品店があります。市内に5店舗あるのですが、同じ型の店を5つ並べたのではありません。ワインバーのある店、朝6時30分に開く店、月曜と火曜は11時まで開かない店が、同じ看板で並んでいます。
この記事が扱うのは、業態をそろえない多店舗を、どう回しているかです。公表されているのは、Squareの事例ページに載っている取引の件数・品目の数・成長率、公式サイトに載っている5店舗の区分と営業時間、そして旗艦店の構成です。売上額、店舗ごとの内訳、利益、出店費用は公表されていません。確認できなかったものは、確認できなかったと書きます。
先に誤解を防いでおきます。これは「カフェを併設すれば売れる」という話ではありません。同じ構成にすれば同じ結果が出るとも書けません。読み取れるのは、業態をそろえない代わりに何を1か所へ集めたのか、という設計の順序です。
2014年に、ワインとチーズの小売として始まった
Squareの事例ページによると、The Epicurean Trader は2014年に、サンフランシスコのバーナルハイツで食材の専門店として始まりました。最初の軸はワインとチーズです。オーナーのMat Pondさんの言葉として載っているのは、小売の発想で始めたものの、その場所が思っていたより広いと気づいた、という順序です。
広い場所を何で埋めたのかが、この事例の入口です。埋めたのは商品の種類だけではなく、業態でした。パントリーの食材と蒸留酒が加わり、さらにサンドイッチやコーヒーのような、買ってその場で食べるものが入ります。棚に置いて売る小売と、その場で消費させる売り場が、1つの店の中に同居した状態です。
出店の計画が先にあったわけではない、とも書かれています。店が増えたのは、市内の各地域で機会が出てきたからです。そして1店舗から2店舗になった瞬間に、もっと高度な道具が必要だと気づいた、という発言が残っています。多店舗で最初に足りなくなるのは、売り方ではなく記録の仕組みだということです。
5店舗は、同じ型ではない
公式サイトの店舗一覧には、5つの店がそれぞれ別の区分で並んでいます。旗艦店(Flagship)、カフェ+バー(Café + Bar)、カフェ+食料品(Café + Grocery)、早朝型(Early Bird)、地元向け(Neighborhood)です。地域名ではなく、店の性格が名前になっています。
はっきり違うのは営業時間です。カストロ/デュボスの店は朝6時30分に開きます。ヘイズバレーの店は木曜から土曜は夜22時まで開いています。創業の店であるバーナルハイツは、月曜と火曜は11時開店です。同じブランドで、開店時刻が4時間半ずれています。
通勤の動線にある店を早く開け、住宅地の店を遅く開ける、という読み方は自然です。ただし、その理由はどちらの公式ページにも書かれていません。確かめられるのは「そろえていない」という事実までで、各店の時刻を決めた根拠は公表されていません。ここを推測で埋めると、他人の判断を自分の根拠にしてしまいます。
実務で効くのは、そろえない運用の裏側にある手間です。開店時刻が違えば、シフトの作り方も、納品を受ける時刻も、売れる時間帯も店ごとに変わります。事例ページでスタッフのシフト管理や顧客からの反応、ダッシュボードの分析が道具として挙がっているのは、この手間と無関係ではありません。
旗艦店は、1つの店に3つの売り方が入っている
フェリービルの店については、施設を運営する Ferry Building Marketplace の公式サイトに店舗ページがあります。そこに書かれているのは、小規模生産者の商品を扱う市場であること、エスプレッソバーがあり市内のベーカリーの焼き菓子を毎日出すこと、バゲットのサンドイッチ・ベーグル・エンパナーダ・パニーニ・サラダを並べたカフェの献立があること、そして午後から夜にかけてグラスのワインとビール、チーズの盛り合わせや小皿を出す小さなワインバーがあることです。
1つの店の中に、持ち帰りの小売、昼のカフェ、夜のワインバーが入っています。時間帯で主役が入れ替わる構成です。小売だけの店なら夕方以降は客足が落ちますが、同じ床面積に別の使い方を用意すれば、閉店までの時間に別の売上が立ちます。ブランド側のトップページでも、カフェと食料品と厳選した雑貨をまとめて掲げ、全国発送、法人向けギフト、近隣への配達を並べています。売り方が店頭だけではないという前提です。
ここで、読者が自分で確かめたほうがよい点が1つあります。営業時間の記載が、2つの公式ページで違います。ブランド側の公式サイトはフェリービルの店を毎日8時から18時としていますが、施設側の店舗ページは日曜から金曜が7時30分から17時30分、土曜が7時30分から18時です。どちらも公式の情報ですが、更新の時点が違う可能性があります。海外の店を社内の資料に書くときは、1つの公式ページだけで確定させないほうが安全です。
在庫は1か所で受けて、業態の違う5店舗へ配る
業態をそろえないと、在庫が難しくなります。カフェで使う食材、持ち帰りの商品、ワインバーでグラスで出す酒、通販のギフトは、同じ棚から同じ速さで出ていきません。店ごとに置くものが違えば、発注の単位も変わります。
事例ページに書かれている順序はこうです。まず、在庫を集中して受け取る倉庫の形に変えました。そのあとで、複数の店舗とオンラインの販路をまたいだ在庫の管理が必要になります。そこで Thrive Inventory を併用し、高価格帯の飲料とギフトバスケットのために専用の在庫の置き場を作れるようにしました。結果として欠品が減り、再発注の判断に使えるようになったと書かれています。オンラインの販売では Shopify も併用しています。
道具を先に入れたのではない、という順序が大事です。受け入れの形を変えたから、在庫を1つにまとめる必要が出て、そのための道具を足しています。店舗を増やす前に在庫管理の製品の比較から始める例はよくありますが、先に決まっていないと比較の軸も決まりません。何を1か所で受けて、どこに分けて置くのかが決まったあとで、道具は選べます。
接客の側にも記録が効いています。POSとキッチンの表示(KDS)を使い、商品の情報を社内向けのメモとして登録して、接客のときにスタッフが引けるようにしていると書かれています。品目が多い専門店で、全員が全部を覚えるのは無理です。覚えさせる代わりに、端末から引ける形にしているということです。
在庫と顧客の記録を店舗とオンラインでつなぐ話は、ニューヨークの菓子店の例も参考になります。実店舗と通販の顧客を1つにしたときに何が判断できるようになったかは、実店舗とECの顧客を1つに|NY最古の菓子店Economy Candyの選択に整理しています。
公表されている数字と、その出どころ
事例ページに載っている数値は次のとおりです。月あたりの取引が30,000件、2022年の合計が390,000件、大きい店が置く品目がおよそ3,500、過去6年の年あたりの売上成長が47%、従業員がおよそ40人。売り場の面積あたりの売上は、業界の平均の4倍近いとも書かれています。
読み方には注意が必要です。これは事例として公表された値で、第三者が検証したものではありません。売上額が公表されていないため、47%という成長率も、起点の規模が分かりません。小さい規模からの成長であれば、同じ率でも金額の増え方は大きく違います。取引の件数も、合計の値は2022年のものです。
もう1つ。この種のページは、道具を提供している側が作っています。成長の原因が特定の道具にあるとは書かれていませんし、こちらも書きません。読めるのは、この規模の店が、この組み合わせで実際に回っているという事実までです。店舗数の記載にも幅があり、ページ上部の欄は5店舗、本文は4店舗と5店舗目の開店が近いという書き方で、ブランド側の公式サイトは現在5店舗を挙げています。公開の時点が違うためで、記事では公式サイト側の5店舗を現状として扱いました。
多店舗化そのものの進み方は、同じサンフランシスコの独立系書店の例と並べて読むと差が見えます。紙の伝票をやめて4店舗まで広げた順序は、紙の伝票で3日待っていた書店が4店舗になるまで。Green Apple Booksの記録にあります。あちらは同じ業態を増やした事例で、こちらは業態を変えて増やした事例です。
公表されていないこと
推測で埋めないために、探しても見つからなかった項目を残します。
| 確認したかった項目 | 公表の状況 | どう扱うか |
|---|---|---|
| 売上額、利益 | 記載がありません | 成長率だけを見て規模を推し量らない |
| 店舗ごとの売上の内訳 | 記載がありません | どの業態が稼いでいるかは判断材料にしない |
| 出店の費用、改装の費用 | 記載がありません | 同じ構成を自社で作る費用は別に見積もる |
| 各店の営業時間を決めた理由 | 記載がありません | 立地との関係は仮説として扱う |
| 倉庫の規模、運用の人数 | 記載がありません | 受け入れを集中させる前提の規模は自社で測る |
| 取引件数の最近の値 | 合計は2022年の値です | 最新の規模として引用しない |
書かれていない項目が多いのは、この種の事例ページでは普通のことです。問題になるのは、空いた欄を自社の資料で埋めてしまうときです。社内へ共有するときは、公表されている値と自分たちの推測を、行を分けて書いてください。
日本の実務者が参考にできる3点
第一に、業態をそろえない選択がありうるということです。多店舗化は同じ型を複製する作業だと考えられがちですが、この店は立地ごとに時間帯と業態を変えています。同じ型のほうが運用は楽なので、変えるなら、その手間を吸収する仕組みを先に用意する必要があります。効果は立地と運用によって変わるため、同じ構成にすれば同じ結果が出るとは言えません。
第二に、分けるものと集めるものを決める順序です。この事例で分けているのは店頭の業態で、集めているのは在庫の受け入れと記録です。売り場は分けて、仕入れと記録は1か所に寄せる。順序は、受け入れの形を変える、在庫の統合が必要になる、道具を足す、です。道具の比較から始めると、何を統合したいのかが決まらないまま機能表を眺めることになります。
第三に、公式の記載でも1つでは確定させないことです。この記事を書く途中で、同じ店の営業時間がブランドの公式サイトと施設の店舗ページで違っていました。どちらも一次情報ですが、更新の時点が違います。海外の事例を社内資料にするときは、出どころと確認日を値ごとに残しておくと、あとで差分を追えます。
販路そのものを切り替えた事例を探している場合は、卸から直販へ比重を移した陶器メーカーの例が近いです。順序と条件は卸売りから直販へ。Jono Pandolfiが比率を変えるまでにやったことにまとめています。
まとめ
The Epicurean Trader は、2014年にワインとチーズの小売として始まり、サンフランシスコで5店舗になりました。店舗は同じ型ではなく、旗艦店、カフェ+バー、カフェ+食料品、早朝型、地元向けという区分で、開店時刻は最大で4時間半ずれています。旗艦店には小売とカフェとワインバーが同居し、時間帯で主役が入れ替わります。
そろえないぶんの難しさは、在庫で引き受けています。倉庫で集中して受け取る形に変え、そのあとで複数店舗とオンラインの在庫を1つにまとめ、高価格帯の飲料とギフトのために専用の置き場を作りました。公表されている規模は、月あたりの取引が30,000件、品目がおよそ3,500、従業員がおよそ40人です。
数値は事例として公表されたもので、売上額は分かりません。参考にできるのは金額ではなく、売り場は分け、仕入れと記録は集めるという設計の順序です。
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