AIの社内導入で難しいのは、どの部門のどの作業に当てるかを決めることです。HubSpotの導入事例は、この点で参考になります。開発、マーケティング、カスタマーサクセスという性格の異なる3部門が、それぞれ別の形でClaudeを使い、別の成果を挙げているからです。Anthropicの公式導入事例に掲載された内容をもとに、部門ごとの使い方の違いと、そこから読み取れる考え方を整理します。数値はいずれもHubSpotが公表したもので、当サイトが検証したものではありません。
この事例の概要
HubSpotは、世界で数十万社の顧客を持つ顧客プラットフォームを提供する企業です。導入事例では、エージェント型の顧客プラットフォームと表現されています。
使われている製品として挙げられているのは、Model Context Protocol(MCP)に対応したClaude Code、Claude Projects、そしてClaude Sonnet 4.5です。導入事例に記載された成果は3つです。ウェブ開発とコンテンツ制作の作業において最大40%の生産性向上があったこと、複雑な技術的トラブルシューティングが3〜5日から1時間未満になったこと、そして各チームで数百のClaudeプロジェクトが作られたことです。
選定の理由については、社内のベンチマークでの性能が基準になったと説明されています。
何が課題だったのか
導入前の状況は、部門ごとに違う形で説明されています。
開発では、エンジニアが移行作業や保守といった、顧客に価値をもたらさない作業に時間を取られていました。加えて、数千のサービスが相互に作用する分散したコードベースを扱う必要があり、新しく入った人が慣れるまでの学習の坂が急でした。
マーケティングでは、施策の資産を作ること自体はできても、キャンペーンをまたいで文脈を維持することに苦労していました。担当者ごと、施策ごとに前提が散らばる状態です。
カスタマーサクセスでは、個別に踏み込んだ助言を、優先度の高い顧客より先へ広げられませんでした。担当者のSarah Caruthersさんは、1顧客あたりの個別対応に1時間かかり、重要な顧客に限って行っていたと述べています。そして次のように語っています。「最高のCSMとして最高の戦略的助言をすることはできても、寄り添いや責任の所在がなければ、実行まで見届けられませんでした」。
3つの課題は別々に見えますが、共通点があります。いずれも「文脈を保つ作業」に人の時間が消えている、という構造です。
開発:MCPで社内基盤につなぐ
開発チームは、Claude Codeを開発に使い、MCPを通じてHubSpotの社内インフラへ接続しました。開発者体験のAIを担当するエンジニアリングリードのFrancesco Signorettiさんは、こう述べています。「Claude CodeがModel Context Protocolを一級の存在として対応したとき、私たちは興奮しました」。
MCPは、AIが外部のシステムやデータへ接続するための共通の枠組みです。ここが重要なのは、AIが単体で賢いかどうかではなく、自社の環境をどれだけ理解できるかが成果を決めるからです。Signorettiさんは、HubSpotの実際の課題を解くうえで、他のツールと比べて優れた仕事をしたと評価しています。
具体的な適用先として、2025年のブランド刷新に伴うフロントエンドの移行作業が挙げられています。移行は仕様が決まっている一方で件数が多い作業であり、AIを当てる対象として選びやすい領域です。
開発側でもうひとつ挙げられているのが、新しく入った開発者の立ち上がりです。導入事例では、開発者が本番へ変更を出せるようになるまでの時間が短くなったと説明されています。課題として挙がっていたのは、数千のサービスが相互に作用する分散したコードベースでした。
この種の環境で新任者を遅くするのは、書く作業そのものではありません。どこに何があるのかを探す時間です。既存の担当者に聞けば早く済みますが、聞かれる側の時間が削られます。社内基盤へ接続したAIが同じ質問に答えられるなら、この往復が減ります。導入の効果を「コードを書く速さ」だけで測ると、この部分は数字に出てきません。
マーケティング:文脈を1か所に置く
マーケティングとカスタマーサクセスでは、キャンペーンの文脈を1か所に集めたClaudeプロジェクトが作られました。散らばっていた前提を、参照できる場所へ置くという設計です。
最高マーケティング責任者のKipp Bodnarさんの評価は、性能の話ではありません。「Claudeについて私たちが気に入っていることのひとつは、本当に良いセンスを持っていることです。そしてマーケティングとは、まさにセンスの話なのです」。文章とコードの両方で強い、とも述べられています。
この見方は、AIをマーケティングに入れるときの判断基準として示唆的です。事実の正確さは検証すればわかりますが、表現の適否は基準を言葉にしにくい領域です。ただし、センスという評価は主観に依存します。同じツールが自社の基準に合うかどうかは、自社の素材で試すまで分かりません。
カスタマーサクセス:個別対応の下限を下げる
カスタマーサクセスでは、担当者が個別のフォローアップを、従来の数時間ではなく数分で作れるようになったと説明されています。Caruthersさんはこう述べています。「Claudeのおかげで、戦略的なパートナーでいるための時間ができました。会話はこれまで以上に意味のあるものになっています」。
ここで起きているのは、対応の質が上がったことより、対応できる顧客の範囲が広がったことです。1顧客に1時間かかるなら、対象は絞らざるを得ません。その時間が短くなれば、これまで手が回らなかった層にも同じ水準の準備ができます。個別対応の上限を上げたのではなく、下限を下げた変化だと言えます。
Caruthersさんが最初に挙げていた課題も、この文脈で読み直せます。良い助言をしても、寄り添う時間と、実行を確かめる仕組みがなければ、顧客の行動までは変わらない。準備の時間が短くなることの価値は、助言の内容が良くなることではなく、そのあとの働きかけに時間を回せることにあります。導入の目的をどちらに置くかで、測る指標も変わります。
日本の実務者が読み取れること
第一に、AIを当てる場所は「文脈の維持に時間が消えている作業」から探すのが現実的だということです。3部門に共通していたのはこの構造でした。
第二に、成果を左右するのは接続だということです。MCPで社内基盤につないだ開発チームと、文脈を1か所に集めたマーケティングチームは、どちらも「自社の情報にアクセスできる状態」を先に作っています。
第三に、公表された数値は前提とセットで読む必要があります。最大40%という数字は、対象がウェブ開発とコンテンツ制作の作業に限定されています。3〜5日が1時間未満になったという例も、複雑な技術的トラブルシューティングという特定の場面の話です。同じ数字が自社で再現される保証はありません。
出典と注記
この記事はAnthropicの公式導入事例とHubSpotの公式サイトのみを出典とし、数値・製品名・引用は原文の表記に従いました。数値はHubSpotが公表した内容であり、当サイトが計測・検証したものではありません。導入の期間、対象人数、費用は導入事例に記載がありません。
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