ロサンゼルスのマリナ・デル・レイに、コーヒーとワインを出す1店舗の店があります。Noun Coffee + Wine です。この店が珍しいのは、ビットコインでの支払いを受け付けていること自体ではありません。それを特別な催しにせず、毎日の会計の1つとして置いているところです。共同創業者の1人は2014年にも同じことを試し、客を15分待たせてうまくいきませんでした。
この記事で扱えるのは、Squareが公開した公式の事例ページ、Squareの公式ヘルプ、同店の公式サイトに書かれている範囲だけです。売上高、客数、ビットコインで支払われた割合、開店資金の金額は、どの資料にも書かれていません。読みどころは金額の大きさではなく、初めて使う人が詰まらない経路を、店の側がどう用意したかという順序にあります。確認日は2026年10月22日です。
先に断っておきます。これは暗号資産を持つことや、決済手段として導入することを勧める記事ではありません。価格の見通しも扱いません。読み取れるのは、客が初回で完了できる経路を作ることと、受け取ったものをどの形で持つかを事前に決めておくこと、この2つを別々に設計していたという事実だけです。
銀行でも投資家でもない相手に、開店の資金を募った
共同創業者は Derek Taylor さんと Drew Coffman さんです。2人はパンデミックのあいだ、オンラインのデジタル通貨のコミュニティを通じて知り合いました。事例ページによると、Taylor さんはロサンゼルスでコーヒー店を持っており、Coffman さんにもコーヒー店を経営した経験がありました。飲食の経験と、暗号資産への関心が重なった組み合わせです。
資金の集め方が変わっています。事例ページは、事業者が外部から資金を集めるときは通常、銀行か投資家に向かうと前置きしたうえで、この2人は Nouns DAO に自分たちの構想を提案したと書いています。Nouns DAO は、メンバーが提案した現実世界の創作的なプロジェクトに資金を出す、オンラインのデジタル通貨のコミュニティだと説明されています。
調達した金額、条件、返済の有無は事例ページに書かれていません。DAOの側にも投票の記録は公開されていますが、当サイトが機械で読める形では確認できませんでした。確認できないので金額は書きません。ここで言えるのは、資金の出し手が金融機関でも投資家でもなく、同じ関心を持つ人の集まりだったという事実までです。
資金の出どころは、あとで出てくる客層の話につながります。開店の時点で「その話題に関心のある人たち」とつながっていたという前提は、開店後に誰が来たのかを読むときの材料になります。
2014年に15分待たせた支払いが、数秒で終わる会計になった
Taylor さんは2014年にもビットコインでの支払いを受け付けようとしていました。事例ページには、当時の状況としてこう載っています。“People were waiting 15 minutes for the block to confirm”(ブロックの承認を、客が15分待っていた。)支払いのたびにレジが止まり、手順も分かりにくいものでした。
いまは違います。客は自分の端末でQRコードを読み取り、取引は数秒で終わります。Taylor さんの言葉として “But now at the POS, to literally scan and immediately pay — it’s incredible.”(いまはレジで、文字どおり読み取ってすぐ払える。驚くほどだ。)が載っています。
操作の方法は公式ヘルプにも書かれています。客はライトニングに対応した財布アプリでQRコードを読み取ります。Square Register では、客側の画面から支払い方法としてビットコインを選べます。第2世代の Square Register なら、QRコードを読み取る代わりに、客側の画面へ携帯をかざして払えます。どれも、客が店員に手順を教わらずに終えられる形です。
ここで変わったのは店の熱意ではありません。待ち時間です。15分かかる支払いは、店の側が列を止めてでも付き合う「催し」になります。数秒で終わる支払いは、現金やカードと同じ列に並べられます。新しい手段が日常に混ざるかどうかは、だいたいこの差で決まります。
受け取ったビットコインを、ドルで持つかそのまま持つか
受け付けたあとの話です。公式ヘルプは、受け取り方を2つ示しています。1つは、取引ごとの換算の市場価格でビットコインのまま受け取る方法です。もう1つはドルで受け取る方法で、こちらを選ぶとビットコインからドルへ即時に換算されます。店は、どちらで受け取るかを先に選んでおきます。
Noun Coffee + Wine は、一部をビットコインのまま残す側を選んでいます。Taylor さんの説明として、昨秋からこの機能を有効にしており、ビットコインで相当の金額を貯められていて、それが会社を広げるのに役立っている、という趣旨の発言が載っています。
金額は書かれていません。いつ売るのか、どれだけの割合を残しているのかも書かれていません。売上の一部を値動きのあるものに置き換える判断なので、同じ選択を他の事業者に勧められる材料はここにありません。この記事が扱えるのは、受け取る形を会計のたびに迷わない仕組みにしてあったという運用の部分だけです。
公式ヘルプが書いている条件と上限
導入を考えるなら、事例ページより公式ヘルプのほうが役に立ちます。米国向けのヘルプには、次のことが書かれています。
有効化については、条件を満たす事業者には済んでいると書かれています。古い口座で手続きが要る場合は、SquareのダッシュボードかPOSアプリの Banking から Bitcoin へ進み、法定名・SSNまたはEIN・住所による事業の確認と、受け取り方の選択を行います。
手数料は、2026年12月31日まで0%で、それ以降は1%と書かれています。上限もあります。1件あたりの上限はビットコインの市場換算で600ドルで、1日の合計は20,000ドルです。返金は携帯かタブレットのSquare POSアプリからしか行えず、返金はビットコイン相当額のドルのギフトカードで出されます。ニューヨーク州にある事業者と拠点は対象外で、利用には18歳以上であることが必要だとも書かれています。
この上限は考えておく価値があります。1件600ドルという上限は、カフェの会計には収まり、高額な商品の販売には収まりません。この店で成り立っているのは、1件あたりが小さい業態だからです。返金がギフトカードで出ることも、客に説明できる業態かどうかを分けます。受け付けられるかどうかではなく、自分の客単価と返金の起きやすさで決まる話です。
あわせて注意です。これは米国向けのヘルプの記載で、日本の条件はこのページに書かれていません。日本で同じことを検討する場合は、決済事業者の日本向けの記載と、税務・会計の扱いを別に確認する必要があります。当サイトはこの記事でそこまで確認していません。
「長く座っていい店」を先に作った
決済だけを見ていると、この店の作りを読み落とします。Coffman さんは、いまのコーヒー店の流れをこう述べています。“A lot of coffee shops right now are moving more towards a get in and get out model where it’s all about to go.”(いま多くのコーヒー店は、入って出ていく型へ寄っていて、持ち帰りが中心になっている。)
2人はその型を選びませんでした。手本にしたのは、Coffman さんが育った頃の店です。“I grew up in the ’90s and all of my favorite experiences were bookstores that had leather couches and coffee shops that you were supposed to sit around in for a long time,”(90年代に育って、いちばん好きだった体験は、革のソファがある書店と、長く座っているのが前提のコーヒー店だった。)座り心地のよい席を置き、長くいられる場として作られています。
Taylor さんは「カフェは元祖のソーシャルネットワークだ」と述べ、人が恋や新しい考え、見るべき番組や行く店の勧めを見つける場所だと続けています。
数値として公表されているものが1つあります。キッチンマネージャーの Natalia Irilano さんによると、同店の客の定着率は60%です。ただし、何を分母にした値なのか、どの期間の値なのかは書かれていません。他店と比べられる数値ではありません。
公式サイトの側で確認できるのは、場所と時間です。店はマリナ・デル・レイのGlencoe Avenueにあり、営業は日曜から木曜が8時から19時まで、金曜と土曜は21時までです。メニューには Pourovers、Matcha、Botanical Infusions、Crafter Sips といった区分が並び、「Block Zero」という名前の品も載っています。夜まで開ける曜日があることは、滞在を前提にした作りと整合します。
Coffman さんの言葉が、この節の要点です。“Innovation can be scary. Using technology for the first time can be scary. But it becomes normalized much quicker when you have those physical experiences.”(新しいものは怖い。初めて技術を使うのも怖い。でも物理的な体験があると、それはずっと早く普通になる。)順序を取り違えないでください。決済を普通にするために場を作ったのではありません。長く居られる場があるから、そこで試す支払い方も普通に見える、という順序です。
対応店の地図から、新しい客が来た
公表されている集客の経路が1つあります。事例ページは、ビットコインを受け付けていることで、Cash App のビットコインの地図(近くで暗号資産を受け付けている店を表示するもの)から店を見つけた客が来るようになったと書いています。
Taylor さんの言葉として “It’s brought out the bitcoin diehards that want to make a pilgrimage and go spend it.”(使える場所を探して巡礼のように来る、熱心な人たちを引き出した。)が載っています。さらに、それを通じて思いがけない人たちと出会えた、新しい隔たりを埋めて予想もしなかった世界をつないだ、という趣旨の発言も紹介されています。
何人来たのか、売上にどれだけ寄与したのかは書かれていません。それでも、経路の形は読み取れます。対応している手段で店を探している人がいる面に載ると、その手段そのものが店の入口になります。扱っている決済、対応している言語、持ち込みの可否のような条件は、店の説明文の中に埋もれがちです。条件で探される面に、自分の店が条件つきで出ているかは、いまからでも確認できる問いです。
公表されていること、公表されていないこと
事例の記事でいちばん危ないのは、空いた欄を相場や他店の数字で埋めてしまうことです。この事例で示されているものと、示されていないものを分けておきます。
| 項目 | 記載の状況 |
|---|---|
| 共同創業者 | Derek Taylor さん、Drew Coffman さん |
| 開店の資金 | Nouns DAO への提案で得た。金額・条件・返済の有無は記載なし |
| 客の定着率 | 60%(キッチンマネージャーの説明。分母と期間は記載なし) |
| 以前の試み | ブロックの承認を客が15分待っていた |
| いまの支払い | QRを読み取り、数秒で完了する |
| 受け取りの選択 | 市場価格でビットコインのまま、または即時にドルへ(公式ヘルプ) |
| 保持しているビットコイン | 割合・金額ともに記載なし |
| ビットコインで払われた割合 | 記載がありません |
| 売上高・客数・利益率 | 記載がありません |
| 使っているSquareの製品 | Register、Stand、Terminal、Payroll、Team Management、Shifts、Marketing、Invoices、Gift Cards |
したがって、「ビットコインを受け付ければ客が増える」とは書けません。定着率が決済によるものだとも書けません。読み取れるのは、初めての手段を詰まらせない経路と、受け取り方の方針を、別々に決めていたという設計の部分までです。
日本の小さな事業者が確認できること
規模も法制度も違うので、そのまま持ち込める部分は多くありません。それでも、自分の事業に当てはめて確認できる問いにはなります。
1つ目は、初めて使う人が完了までにかかる時間を、秒で知っているかです。この事例の差は熱意ではなく経路でした。新しい支払い方、新しい予約の取り方、新しい会員証を増やすときは、初回の完了時間を測るところから始められます。測っていないと、使われない理由を客の側に置いてしまいます。
2つ目は、受け取ったものをどの形で持つかを、現場の外で決めてあるかです。この店はビットコインとドルのどちらで受け取るかを先に選んでいました。会計のたびに判断する形にすると運用になりません。ポイント、商品券、前払い、外貨でも同じ構図です。
3つ目は、条件で探している人の面に、自分の事業が載っているかです。対応している手段や条件が、店の情報として外から見える形になっているかを確認します。露出が来たときに受け止める側の準備を扱った例は客足が一夜で35%増えたタコス店の記録にあります。
4つ目は、滞在を前提にするのか、持ち帰りを前提にするのかを、設計として選んでいるかです。どちらが正しいかではなく、選んだ側に合わせて席、時間、会計の速さが決まります。席を増やせない店が1回の支払額に向き合った例は席を増やせない店が客単価に向き合った記録、人が集まる場としての設計から始めた例は米エリーのLucky Beanの場づくりにまとめています。海外の小さな事業者の事例は海外ビジネス成功事例に並べています。
出典と注記
この記事は、Squareが公開した事例ページ「How Noun Coffee + Wine Made Bitcoin Payments Easy」、Square Support の公式ヘルプ「Accept and manage bitcoin payments」、同店の公式サイトを出典としています。他メディアのまとめ記事は使っていません。
数値は原文の表記のまま記載し、単位や通貨の換算をしていません。事例ページはSquareが自社の利用者を取材して公開したもので、第三者が検証した数値ではありません。定着率の値は、事例ページに載っているキッチンマネージャーの説明です。公表されていない項目は空欄のままにし、推測で補っていません。
公式ヘルプの手数料、上限、対象地域は米国向けの記載で、変わります。判断に使う前に、それぞれのページの現在の記載を確認してください。この記事は暗号資産の保有や、決済手段としての導入を勧めるものではなく、成果を保証する記述も含みません。確認日は2026年10月22日です。
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