中小企業成功事例/海外事例

弁護士からグルテンフリー専門店へ|750店舗の棚と直接注文

米国のグルテンフリー専門店By the Way Bakeryは、直営4店舗と750店舗の卸、自社サイトの直接注文を持ちます。何をどの順で広げたのかをSquareの公式記事と公式サイトから整理しました。

小さな店が売る場所を増やすとき、どれを先に始めるかで、結果が出るまでの時間がまったく変わります。棚に置いてもらう話は、こちらが頑張った分だけ進むものではありません。相手の都合で止まり、相手の都合で動きます。一方、自分のサイトで注文を受けるほうは、決めるのが自分だけです。

ニューヨークのグルテンフリー専門店By the Way Bakeryは、この2つを同時に始めてはいませんでした。Squareが公開した創業者への取材記事を読むと、卸の棚を10年かけて広げたあとで、自社サイトからの直接注文を足しています。順番がこうなっていること自体に読む価値があると考えたので、この記事はそこを軸に整理します。

扱うのは、その公式記事と同社の公式サイトに書かれている範囲だけです。売上や利益の額は公表されていないため、この記事でも金額は扱いません。

どんな店なのか

創業者のHelene Godinさんは、もともとエンターテインメントとメディアを扱う弁護士でした。公式記事では、自身を「workaholic lawyer」と呼ぶ働き方を20年あまり続けたあと、店を開いたと説明されています。開業はおよそ15年前、ニューヨーク市から20マイル離れたヘイスティングス・オン・ハドソンという町で、当初は週5日の営業でした。

いまの姿は、開業時とはかなり違います。直営店は4店舗で、そのうち2店舗がマンハッタンにあります。公式サイトの店舗一覧では、マンハッタンのアッパー・ウエスト・サイドとアッパー・イースト・サイド、本店のあるヘイスティングス・オン・ハドソン、そしてコネチカット州グリニッジの4か所が挙げられています。これに加えて、同社の商品は全米750店舗の小売店に置かれています。公式記事ではWhole FoodsとSprouts Farmers Marketsが名前を挙げられています。従業員は85人で、半数以上が厨房で働いているとされています。

作っているものには最初から制約があります。グルテンを使わず、乳製品を使わず、コーシャ・パレヴェに対応する。公式サイトにはレイヤーケーキ、ミニケーキ、クッキー、カップケーキ、マフィン、スコーン、パン、オーダーメイドのケーキ、ウエディングケーキが並んでいます。卸向けには個包装のスライスという形があり、公式記事は今年の見込みを「over a quarter-million slices」と書いています。実数は示されていないため、ここでも原文の表現のまま残します。

事例カード。創業2010年と場所、直営4店舗、卸750店舗、従業員85人、守っている制約、個包装スライスの見込みを並べ、下部に売上と利益は公表されていないことを示した図
公式記事と公式サイトに記載がある項目だけを並べました。売上・利益・1店あたりの数字は公表されていないため、項目自体を置いていません。 出典:Square「Helene Godin Left NYC Law and Baked Her Way Into 750 Stores — and Online」、By the Way Bakery「Our Shops」(確認日 2026-10-06)

「卵が違いを作る」で、作るものが決まった

最初に決まったのは売り方ではなく、作るものの条件でした。ここが事例のいちばん面白い部分だと考えています。

公式記事によると、Godinさんが当初考えていたのは、グルテンフリーでヴィーガンの店でした。卵も使わない作り方です。ところが、焼いたものを試食した友人から「My god, what a difference an egg makes!」という反応が返ってきます。この一言を受けて、ヴィーガンの案は見送り、グルテンフリー・乳不使用・コーシャ・パレヴェという組み合わせへ切り替えています。卵は使う、という線を残した判断です。

分岐図。見送った案はグルテンフリーかつヴィーガンで卵を使わない作り方、採用した案はグルテンフリー・乳不使用・コーシャ・パレヴェで卵は使う作り方。分岐の理由と本人の言葉を添えた図
見送った案と採用した案を左右に置き、分かれた理由を下に書いています。制約の数は増え、味の条件は下げないという形の分岐です。 出典:Square「Helene Godin Left NYC Law and Baked Her Way Into 750 Stores — and Online」(確認日 2026-10-06)

向ける先については、公式記事が2010年の時点で「a significant but underserved market」、つまり規模はあるのに手当てされていない市場だったと述べています。制約を2つ重ねると、作れるものは減ります。同時に、同じ条件で作っている店も減ります。Godinさんは記事の中で「I love limitations and rules. I find it very liberating.」と語っています。制約を不利な条件として引き受けたのではなく、選んで引き受けた形です。

ここで押さえておきたいのは、制約が商品の説明をそのまま決めているという点です。グルテンフリーかどうか、乳製品が入っているかどうかは、食べる側が妥協できない条件です。味の好みで選ぶ商品よりも、条件で選ばれる商品のほうが、置く場所を探すときの説明が短くなります。後で出てくる卸の話は、この性質の上に乗っています。

棚は10年かけて増えた

卸の始め方は、仕組みらしいものではありませんでした。Godinさんの説明は「I just started showing up in Whole Foods, literally, with samples waiting to bump into a buyer, and I did!」です。試食品を持って店へ通い、バイヤーに出会うのを待った、という話です。

そこから先が長い。公式記事には、ある営業活動のあと2か月以上たってから話が進んだ場面が出てきます。そして「A full decade and 100 Whole Foods locations later」という書き方で、Whole Foods 100店舗に達するまでに10年かかったことが示されています。いまの750店舗は、その延長線上にある数字です。

経緯の図。2010年に週5日の1店で開業、試食品を持ってWhole Foodsへ通い、開業から10年でWhole Foods 100店舗、現在は直営4店舗と卸750店舗に自社サイトの直接注文を足した流れを左から右へ並べた図
販路が増えた順番です。横軸は同じ縮尺ではありません。卸の列に10年という時間が入る一方、直接注文の列は週の単位で動いています。 出典:Square「Helene Godin Left NYC Law and Baked Her Way Into 750 Stores — and Online」、By the Way Bakery 公式サイト(確認日 2026-10-06)

10年という長さは、努力が足りなかったことの裏返しではありません。棚の数は相手が決めるもので、こちらが増やせるのは、持っていく回数と、見せられる実績だけです。公式記事の見出しが「Playing the long game with a wholesale strategy」となっているのは、この性質を指しています。

小売と卸で、お金の出方が違う

販路が増えると、同じ商品でも入ってくるお金の形が変わります。公式記事は、ここを隠さずに書いています。いまも売上の大半は直営店から来ているとされ、卸の利益率は小売より薄いと説明されています。そのうえで、食料品店への販売が小売に追いついてきているとも書かれています。

販路 公表されている規模 お金の出方 立ち上がりにかかった時間
直営店 4店舗(うちマンハッタン2店) いまも売上の大半 開業から段階的に増やした
卸(食料品店の棚) 750店舗 利益率は小売より薄い。売上は小売に追いついてきている Whole Foods 100店舗まで10年
自社サイトからの直接注文 記載がありません 記載がありません 載せてから1週間たたずに伸びた
第三者アプリ経由の注文 記載がありません 記載がありません 直接注文を置く前の形

表の各行は、上記の公式記事と公式サイトの記載によります(確認日 2026-10-06)。記載がない欄は、推測で埋めずに空けています。

ベーカリーのショーケースにケーキと焼き菓子が並んでいる様子
店頭のショーケースのイメージ画像です。棚の数は卸のほうが多いのに、売上の大半はいまもこちら側から来ていると説明されています。写真: Pavel Danilyuk(Pexels)

利益率が薄い販路を10年続ける判断は、売上の額だけを見ていると説明が付きません。卸には、直営店では得られないものがあります。1つは、店を増やさずに置かれる場所が増えること。もう1つは、個包装のスライスのように、卸向けの形を作れば同じ厨房から出る量を増やせることです。どちらも、工房の規模をいきなり変えずに済む広げ方です。法人向けの販売と個人向けの販売で、求められる形が変わっていく話はレストラン向け陶器のJono Pandolfiの事例でも扱っています。

注文の入口を、自分の側に置き直した

公式記事でいちばん新しい動きとして紹介されているのが、オンラインの注文です。それまで、オンラインの注文はDoorDashのような第三者のアプリを通して受けていました。そこへ、Squareのオンライン注文を自社のサイトへ組み込んでいます。公式サイトの注文の入口は、同社のSquareのサイトへつながる形になっています。

結果についてGodinさんが語っているのは「It’s been less than a week and it’s exploded — oh, it’s exploded!」という一言です。あわせて「Anecdotally, we can’t keep up.」とも述べています。どちらも金額ではなく、本人の感覚としての表現です。この販路がいちばん伸びている、という説明までが公表されている範囲で、売上に占める比率は書かれていません。

卸の棚が10年かかったのに対して、こちらは週の単位で動いています。違いは、相手の判断を待つかどうかです。棚に入るには相手の決定が必要で、自社サイトに注文の入口を置くのに必要な決定は自分のものだけです。手を付ける順番としては、自分で決められる側を後回しにしないほうが合理的だということになります。

ただし、第三者のアプリを使っていた期間が無駄だったとは読めません。配達の仕組みを自前で用意せずに注文を受けられる形は、立ち上げの時期には合っています。公式記事も、どちらが優れているという書き方はしていません。

日本の小さな店が、ここから持ち帰れること

この事例から一般化できるのは、次の3点だと考えています。いずれも効果を約束するものではなく、判断の順番についての話です。

1つ目は、売る場所を選ぶ前に、商品の条件を決めておくことです。By the Way Bakeryの場合、グルテンフリーと乳不使用という条件が、棚を探すときの説明をそのまま兼ねていました。条件で選ばれる商品は、説明が短くて済みます。逆に、条件のはっきりしない商品を卸に持ち込むと、バイヤーに説明する材料が毎回違うものになります。

2つ目は、相手の時間で進む販路は、早く始めて長く待つことです。棚の数も、取引先の数も、自分の都合では増えません。10年という事例の長さは、見通しとして持っておく価値があります。

3つ目は、自分の時間で進む販路を、後ろに置いたままにしないことです。自社サイトからの注文は、相手の承認を待つ必要がありません。同じ商品を売っていても、この2種類の販路は進み方が違うので、同じ計画の中で同じ速さを期待しないほうがよいという整理になります。

一方で、そのまま持ち込めない部分もあります。コーシャ・パレヴェの需要は地域によって大きく違い、日本で同じ制約を選ぶ意味は小さいでしょう。食料品店の棚に入る手順も、国によって商談の形が違います。制約を選ぶという考え方は共通でも、選ぶ制約そのものは市場ごとに決め直す必要があります。店に残っている取引の記録から思い込みを洗い出す進め方は行列のサンド店Salt Hank’sの事例のほうが近いので、あわせて読むと順番が見えやすくなります。

公表されていないこと

この記事を書く時点で、確認できなかった項目を残しておきます。売上と利益の額は公表されていません。卸1店舗あたりの納品量も、個包装スライスの実数も示されておらず、公式記事の表現は「over a quarter-million slices」という書き方にとどまります。直接注文が売上に占める比率、Squareのオンライン注文を組み込んだ正確な時期、第三者のアプリでの注文を続けているかどうかも分かりません。

埋めずに残しているのは、ここを推測で補うと、事例としての使い道がなくなるからです。比率が分かれば、販路ごとにどこへ力を入れるべきかまで言えますが、いまはその材料がありません。

全体を1行でまとめると、条件のはっきりした商品を作り、相手の時間で進む販路を10年かけて広げ、そのあとで自分の時間で進む販路を足した、という順番の事例です。どの順番で手を付けるかを決めるときの材料として読むのが、いちばん無理のない使い方だと考えています。

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