規模を追わずに事業を続けるという選択が、実際にどう成り立つのか。米メイン州のWary Meyersは、その具体例です。ビジュアルアーティストのJohn Meyersさんと、アートディレクターのLinda Meyersさんの夫婦が、石けんとキャンドルの設計・製造・販売・出荷をすべて自分たちで行っています。Shopifyの公式ブログに掲載された創業者インタビューをもとに、この事業がどう始まり、どこで方向を変え、いま何を大事にしているのかを整理します。人を増やして拡大する話ではありません。少人数のまま続けるための判断の話です。
この事業の姿
Shopifyのインタビューでは、2人がメイン州カンバーランドの自宅を拠点に、すべての石けんとキャンドルを自分たちで設計し、作り、売り、発送していると説明されています。公式サイトの創業者ページでは、拠点は改装した元美容室のスタジオで、キャンドルと石けんは1つずつ手で注いでいると書かれています。
商品の特徴は、鮮やかでレトロな意匠と、象徴になっているストライプ模様です。公式サイトは自社のスタイルを「大胆で、風変わりで、ラグジュアリーの隣にあり、まぎれもなくWary Meyersである」と表現しています。Lindaさんはデザイナーとアートディレクター、JohnさんはビジュアルアーティストでAnthropologieのディスプレイディレクターを務めた経歴が記載されています。
石けんは技術的には何千年も前からある商品です。それでも、意匠と香りの設計を変えれば新しく見せられる、というのがこの事業の立ち位置です。
始まりは「生活のため」だった
創業の動機は、理念よりも先に生活でした。Lindaさんの説明では、2人はアーティストでありデザイナーとして各地を移動し、ニューヨークの友人たちの住まいの設計をしていました。メイン州へ移ったあと、インスタレーションのような仕事は続かなくなり、その土地で生計を立てる方法を考える必要が生じます。
石けんを勧めたのはLindaさんの姉妹でした。理由は「簡単だから」です。ところが実際に始めてみると、簡単ではありませんでした。Lindaさんはこう振り返っています。「ストライプをちゃんとくっつける方法を見つけるのに、1年かかりました」。
いまや商品の象徴になっている模様が、最初の1年をまるごと使った技術課題だったという事実は、記録しておく価値があります。小さく始める事業では、外から見て単純な部分にこそ時間が取られます。
デザインの経歴を商品に持ち込む
この事業を「手作りの石けん屋」とだけ捉えると、判断の背景を読み違えます。公式サイトの創業者ページには、2人の経歴が記載されています。Lindaさんはデザイナーとアートディレクターとして働いてきた人で、Johnさんはビジュアルアーティストであり、Anthropologieでディスプレイディレクターを務めていました。公式サイトには、Johnさんが同社で唯一のディスプレイディレクターだったという記述もあります。
公式サイトは、2人の仕事を「高い水準の意匠と、日常の心地よさを掛け合わせるもの」と説明しています。香り、色、懐かしさを組み合わせて、他と見分けのつく商品にするという立ち位置です。
つまりこの事業は、技術を持たない人が始めた副業ではありません。売り場と誌面を作ってきた2人が、扱う素材を石けんに変えた形です。ストライプの定着に1年をかけられたのも、その模様が商品の価値そのものだと分かっていたからだと読めます。小さく始める事業では、自分がすでに持っている技能のどれを商品に載せられるかが、最初の設計の中心になります。
名前が知られたきっかけ
事業が知られるようになったきっかけとして、Johnさんは『Wallpaper』誌に取り上げられたことと、デザイン賞の候補になったことを挙げています。広告ではなく、デザインの文脈で拾われた形です。
Lindaさんは、いまも顧客からの言葉が意味を持つと話しています。「働いているのが2人だけなので、どんな形であっても認められることが——褒め言葉が大好きなんです」。少人数で運営していると、評価が届く経路が限られます。その分、届いた反応が事業を続ける動力になる、という構図です。
卸から離れて、作りたいものを作る
いま2人を動かしているものは何か、という問いに対して、Lindaさんは硬直した卸のモデルから離れ、カスタム商品やコラボレーションに取り組んでいることを挙げました。具体例として名前が挙がっているのが、Shopify Exclusivesのコラボ商品「Shower Thoughts Soap」です。
Lindaさんの言葉は明快です。「アーティストとしてもデザイナーとしても創造的でいられること、それが私たちを本当に前向きにしてくれます」。Johnさんはさらに短く答えています。「僕にとっては、石けんを使って仕事をするアーティストでいられること、それです」。
卸は、決まった商品を決まった条件で継続的に納める取引です。売上は読みやすくなりますが、作るものの自由度は下がります。2人はそちらへ寄せず、自分たちで企画する商品とコラボレーションへ軸足を移しました。事業の規模より、続けられる状態を選んだ判断だと読めます。
2人のままでいることの利点と制約
一緒に働き始めたのは2004年で、結婚してからは21年になるとインタビューで語られています。長く同じ相手と同じ空間で働くことについて、Lindaさんは実務的な助言をしています。部屋を分けること、ヘッドフォンを使うこと。「同じ家で働いているからといって、いつも一緒にいなければならないわけではありません」。仕事の時間帯を決め、家の散らかりを気にしないことも挙げています。
事業の運営についての助言も同じ方向を向いています。無駄をそぎ落とし、手を広げすぎないこと。初期はチームを小さく保つこと。Lindaさんは、創業初期に資源を無駄にした経験があると述べています。
使っている道具についても言及があります。「Shopifyの分析はすごいです。誰が自分のサイトに来ているかを、本当に細かく見られます」。そして「私たちは絶対にShopifyから離れません」と続けています。少人数の事業では、誰が来ているかを自分で確かめられることが、そのまま次の商品の判断材料になります。
日本の小規模事業者が持ち帰れること
この事例から読み取れることは3つあります。
第一に、象徴になる要素には時間を投じる価値があるということです。ストライプに1年をかけた判断は、効率だけを見れば非合理です。しかしその模様が、いまはブランドを識別させる要素になっています。
第二に、取引の型を変えることは、事業の縮小ではないということです。卸から離れる判断は売上の安定を手放すように見えますが、2人はそれによって企画の自由と継続の動機を得ました。どちらが正しいという話ではなく、何を守りたいかで選ぶ問題です。
第三に、少人数のままでいるなら、顧客が見える状態を保つことです。人を増やさない事業では、分析の画面が営業担当の代わりになります。誰が見に来ているかを自分で確かめられるかどうかが、判断の速さを決めます。
出典と注記
この記事はShopifyの公式ブログに掲載された創業者インタビューと、Wary Meyersの公式サイトのみを出典とし、人物名・年数・引用は原文の表記に従いました。売上高・製造数量・従業員数は公開されていないため、本文では扱っていません。当サイトが商品を購入・使用して評価したものではありません。拠点の記載は、インタビューでは自宅、公式サイトでは改装したスタジオとされており、両方を併記しました。
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