サンフランシスコのヘアサロンCeremony Salonのオーナー、Audrey Darling氏は、開業からの支出をSquareの取材に対して項目ごとに公表しました。2月に鍵を受け取り、40日で店を動かし、6か月の時点で総支出は「$72,000を少し超えるくらい」だと述べています。開業費用の記事は世の中に多くありますが、実際の事業者が自分の口座から出た金額を項目別に出している例は多くありません。この記事では、公表された内訳と、本人が「想定外だった」と述べている費用、固定費を埋めるための収入の作り方を確認し、日本の個人事業主が読み替えられる点を整理します。金額はいずれも公表された数字をそのまま扱い、円への換算はしません。
何をした事業者か
Audrey Darling氏は、公式サイトのプロフィールで19年の経験を持つ美容師と紹介されています。カットとバーバーカットを専門とし、カリフォルニア出身です。店はサンフランシスコのJackson Streetにあり、カットとカラーを中心にしたサロンです。
独立の理由については、取材で「ずっと人の下で働いてきた。自分のことをやる時期だった。自分を映す空間を作りたかったし、自分の一日をもっと自分で決めたかった」と述べています。技術者として長く働いた人が、雇われる側から場所を持つ側へ移った、という形です。
物件については、時期が味方したと本人が説明しています。「サンフランシスコの商業物件の市場は空きであふれていた。パンデミック以降ずっと空いたままの物件が多かった」と述べており、条件の交渉がしやすかったことを挙げています。開業の巧拙だけでなく、その土地のその時期の需給が効いた事例として読む必要があります。
40日で開けるまで
鍵を受け取ったのが2月13日、最初の客を迎えたのが3月18日です。本人は「本気でアクセルを踏んだ。40日以内にすべてが動く状態になった」と述べています。
この短さは、工事の内容と対応しています。ゼロから建物を作ったのではなく、既存の空き物件に対して、外装の洗浄と塗装、シャンプーボウルと流しの配管、コンセントとペンダント照明の電気工事、割れた窓の修理を入れています。躯体に手を入れる工事ではありません。空き物件が多かったという市場環境と、内装の範囲を絞った判断が組み合わさって、40日という期間になっています。
開業でかかった費用の内訳
公表された項目と金額は次のとおりです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| リース契約・家賃・保証金 | $7,500 |
| 外装(高圧洗浄・ケレン・塗装) | $2,500 |
| 配管(シャンプーボウル2台と流しの設置) | $5,000 |
| 電気工事(コンセント増設・ペンダント照明) | $2,500 |
| 窓の修理 | $1,000 |
| 什器・備品・機材一式 | $25,000〜$30,000 |
什器・備品には、シャンプーチェアとボウル、鏡、セット面、ドライヤー、家具、バックバーと店販の商材、iPad、各種のサブスクリプションが含まれると説明されています。金額の幅がついたまま公表されているのは、単品ではなく一式としての把握だからだと読めます。
資金の出どころは自己資金が中心です。「貯金を使った。それとクレジットカードのポイントを貯めるのが好きなので」と述べており、借入は選んでいません。加えて、サンフランシスコ市の店舗改修助成であるSF Shinesから$8,000の払い戻しを受けています。ただし本人は「これには税金がかかる」と付け加えています。助成が入っても、手元に残る額は満額ではありません。
想定外だったもの
何にいちばん驚いたかという問いに対して、本人は配管と電気の工事費を挙げています。「1日分の人工で$2,500かかる。正気じゃないと感じた」という言い方です。工事全体の見積もりも想定を超えたと述べています。
開業後の費用も上がっています。「送料が少なくとも倍になった。使っているヘア商材のラインのひとつは40%値上がりした。オーストラリアから仕入れている」と説明しています。そのうえで「これは全部、私が開業してから起きたこと。2月より前は送料も関税もこんなにひどくなかった。受け止めるしかなかった」と述べています。
対処については、劇的な打ち手を挙げていません。「一日ずつやっている。自分に投資分を返すのが、最初に見積もったより少し長くかかると受け入れている」という言い方です。値上げで即座に転嫁したとも、仕入れ先を切り替えたとも述べていません。ここは、公表されている範囲を超えて補わないでおきます。
固定費を埋めるチェア貸出
固定費に対して、この事業者が置いている収入の仕組みが、他の美容師へのチェア貸出です。金額も公表されています。「パートタイムは週2日で月$900くらい。フルタイムは週3日以上で月$1,500」です。
この設計の要点は、自分の施術の売上とは別に、来店数に左右されない収入が立つことです。家賃と光熱費は客が来ても来なくても発生します。席を貸すことで、その固定費の一部を、他の技術者の売上から埋めています。自分が施術できる時間には上限がありますが、席の数には上限が別にあります。
日本でも面貸しとして同じ形はありますが、この事例で見るべきなのは金額そのものではなく、「開業から6か月の時点で、すでに固定費を埋める別の収入線を持っている」という順序です。売上が育つのを待ってから考える、という順番にしていません。
客の来店間隔が伸びている
需要側の変化も述べられています。「パンデミック以降、予約の入り方が変わった。以前より直前予約の人が増えた。レイオフされた客は、以前ほど頻繁には来なくなった。男性客はふつう3〜4週間ごとに来ていたが、いまは6〜8週間に伸ばそうとしている」という説明です。
来店間隔が3〜4週間から6〜8週間へ伸びるということは、同じ客数でも年間の来店回数が減るということです。単価が変わらなければ、その分だけ売上が落ちます。これは施術の質とは関係のないところで起きる変化です。
本人の対応は柔軟に振る側です。「事情がある人には例外を作る。厳しいと言われたら、短い枠に押し込んででも受ける」と述べています。値下げではなく、枠の作り方で受け止めています。
公表されていること・されていないこと
取材記事には、事業の概要として年商$120,000という記載があります。同時に本人は「最初の1年は稼げない、投じたぶんを自分に返しているだけだ、と多くの人に言われた。私の場合もまさにそうだ」と述べています。
一方で、公表されていないものも多くあります。純利益、施術ごとの料金、集客にかけている費用、スタッフへの支払い、店舗の面積と賃料の詳細は記載がありません。したがって、この事例から「美容室は6か月で黒字になる」といった読み方はできません。分かるのは、支出の項目と金額、そして本人が語った実感までです。
日本の実務者が参考にできる点
第一に、開業費用は「総額」より「項目」で見たほうが使えます。この事例で最大の項目は什器・備品の$25,000〜$30,000で、次がリース関連の$7,500です。設備投資が全体の半分近くを占める構造は、日本の小規模サロンでも大きくは変わりません。総額だけを他店と比べても、自分の計画の穴は見つかりません。
第二に、工事費は日数で効きます。1日$2,500という人工の話は、工期の長さがそのまま金額になることを示しています。内装の範囲を先に絞ることは、デザインの妥協ではなく、資金計画そのものです。
第三に、助成金は税引き後で数えます。$8,000の払い戻しに課税されると本人が明言している点は、そのまま日本の補助金・助成金にも当てはまる考え方です。着金額を運転資金として当て込むと、その後の納税で足りなくなります。
第四に、固定費を埋める第二の収入線を、開業と同時に設計します。この事例では席の貸出でしたが、業種によって形は変わります。共通しているのは、自分の稼働時間に比例しない収入を、早い段階で1本持っておくという考え方です。
第五に、開業後に外部要因で費用が上がることを、計画に織り込みます。この事業者の場合、送料と関税と商材の値上がりは、いずれも開業後に起きています。事前に予測できるものではありませんが、「予測できないものが来る」という前提で、投資回収の期間を長めに置くことはできます。本人が「返すのに少し長くかかると受け入れている」と述べているのは、まさにその調整です。
出典と注記
この記事はSquareの取材記事とCeremony Salonの公式サイトのみを出典とし、金額・期間・比率は原文の数字と表記に従いました。円への換算は行っていません。純利益、料金表、集客費用、店舗面積は公表されていないため記載していません。取材は開業から6か月の時点のもので、その後の状況は確認できていません。この記事は、同じ手順で同じ結果が出ることを示すものではありません。
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