武田薬品のシャイアー買収の実態。今回の買収スキームと今後の見通しを検証

2018年5月8日に、日本の製薬メーカー大手の武田薬品工業がアイルランドの製薬メーカー・シャイアーを完全子会社化することで同意したというニュースが報じられました。

 

このM&Aは過去日本企業を行ってきた海外M&A案件としては最大規模の約7兆円規模となることでマーケットを騒がせました。前向きな声がある中買収には巨額の資金が必要であり、財務悪化を懸念した株売りで武田株は暴落していました。

 

しかしながら今回の買収についてのスキームや概要について正しく理解している方は本当に少ないと思われます。そこで今回は、武田のシャイアー買収におけるスキームや意義、買収をした後のメリット・デメリットについて検証し、武田株の今後を占っていきたいと思います。

 

武田のシャイアーの買収の意義は?

日本ではダントツのトップを走る製薬メーカー大手・武田薬品工業が、同業で希少疾患治療薬で強みを持っているアイルランドのシャイアー社を買収することを5月8日に正式発表しました。

 

買収金額が460億ポンド(約6兆8,000億円)と、日本企業の海外M&Aでは歴代最大の買収案件となります。これまでのトップが2016年にソフトバンクGHDが英・アームHDの3兆3,000億円を遥かに上回る額であることがわかると思います。

 

実際武田は過去にも大規模な海外M&Aを行っており、前社長の長谷川閑史氏時代には2008年に米ミレニアム社(約7,200億円)、2011年にスイス・ナイコメッド社(約1兆1,000億円)と同業のM&Aを進めていました。また現社長のウェバー体制後も、2017年の米アリアド社を約6,200億円で買収しているなど海外志向の経営戦略を取っていました。

しかし今回のシャイアー社の買収はこれまでとは比較にならないサイズの案件となります。武田が今回の大型M&Aに至った意義とはなんなのでしょうか。

 

そこで現在の武田とシャイアーの立ち位置を確認してみると、

16年の世界の医薬品売上高ランキングでシャイアーは22位、武田薬品は17位(下表参照)。17年の順位は暫定だがシャイアーは17位、武田薬品は18位になる。

引用:武田薬品が5兆円超巨額買収で「世界10指入り」か

上記のようになっており、ほぼ同順位同士がM&Aをする形となります。この買収が成功すると、米・アッヴィ社、英・グラクソ・スミスクライン社の売上高を捉え、世界トップ10入りの「メガファーマ」入りを果たすことができます。

 

また上記から分かる点は、武田が自分よりも大きいシャイアーを買収しようとしている点です。まさに小が大を呑む買収となります。今回のM&Aは武田の「拡大路線」の通過点でもある「メガファーマ(売上高世界10位以内)入り」を果たし、世界の「タケダ」にしていきたいという意義が感じられます。

 

武田はもともとを辿れば江戸時代の1781年に、武田長兵衛が薬種商として創業したことから端を発している「老舗の日本企業」でした。その後1925年に武田長兵衛商店として日本最大の製薬メーカーとして成長していきました。

 

「武田家」のオーナー会社として数々の新薬開発に取り組み、その一方で優秀な営業部隊によって国内では盤石な地位を築いた武田ですが、2003年に長谷川閑史氏が社長に就任してからは大きくグローバル化に進んでいきました。

 

生え抜き社員である長谷川氏は、早くから海外拠点の社長を務めるなど海外の動向を誰よりも理解しており、武田を世界的な会社にするべく積極的なM&Aを行っていきました。

 

そして、2014年に当時英グラクソ・スミスクライン社のワクチン事業のトップであったクリストフ・ウェバー氏をヘッドハントし、武田をグローバル企業として様態を変えていきました。

 

武田のグローバル化を任されたウェバー社長としては、今回のシャイアー買収はまさしく「必要不可欠」な買収として、高い意気込みで取り組んでいるわけです。

買収する予定のシャイアーはどんな会社

買収することで話題になったシャイアー社ですが、日本では馴染みのなり会社です。そこでまずシャイアーはどのような会社なのか見ていきたいと思います。

シャイアーが誕生したのは1986年と歴史が新しい会社です。バイオベンチャーとして誕生した同社は骨粗鬆症の治療薬からスタートし、その後は希少疾患の治療薬を中心に拡大していきました。

 

創業地はイギリス・ハンプシャー州でしたが、2008年以降はタックスヘイブンのアイルランドに本社を移転しました。日本には2008年に事業所を開設しているなど、日本での地名度は低いのは致し方ないところがあります。

 

実際シャイアーの地域別売上高を見てみると、米国が64%と過半数を超えており、米国以外は34%、日本はたったの3%しかありません。

 

武田は日本と米国が共に34%、欧州・カナダで17%、新興国が16%となっており、シャイアーの方が米国での売上比率が高いことがわかります。

 

シャイアーが米国中心に売上比率が高い理由は、創業後20年で約20社もの同業他社を傘下に収めていった「積極的M&A」が影響しています。

 

今回買収する武田側もM&Aによって拡大してきましたが、シャイアー側もかなりの肉食的M&Aを繰り返してきたと言えます。

 

特にM&Aの対象であったのが「希少疾患」の治療薬を持っている企業や、研究段階でフェーズが進んでいる企業が多く、「新薬開発」に相当の重きを置いていることがわかります。

 

その結果、2017年度の売上高の過半を希少疾患治療薬が占めています。希少疾患領域は絶対数は少ないものの、利益率が高い薬が多いため、この分野で遅れを取っている武田としては喉から手が出るほど欲しい会社となるのでしょう。

武田のシャイアー買収スキームはどのようなもの?

買収金額が約7兆円と巨大なM&Aとなる武田のシャイアー買収ですが、この巨額の買収資金を捻出するのは至難の技です。

 

しかし今回の武田は買収を可能とするスキームを新たに生み出し、買収の目処を立たせています。それが「スキーム・オブ・アレンジメント」です。

 

この制度はイギリスの制度であり、「半数以上の株主が買収に賛成し、議決権の75%以上を占める株主の賛成」によって全株取得できると言う仕組みです。

 

従ってシャイアーの株主が上記の条件に当てはまった場合、裁判所の認可によって反対の株主も強制的に「武田に株を売却しなければならない」ことになります。

 

このスキームはソフトバンクが過去にアームホールディングスを買収する際に利用しています。

 

武田はこのスキームを有効活用した策として、「武田株と現金」の折衷策を提案しています。

 

具体的には、シャイアーの株式1株に対して「武田株を0.839株 or タケダADS株1.678株」の提供、現金30.33ドルの対価提供となります。

 

特に注目なのがシャイアーの株に対して、武田が新株を発行して交換すると言う株式交換のスキームを活用している点です。

 

実際4月23日のシャイアーの株価が29.81ポンドであったため、当時のレート・151.51円で計算すると、1株4,517円となります。ちなみに同日の武田株が4,923円でした。

 

その株価よりも64.4%高い49ポンドで買収すると武田は発表しているわけですが、すると7,424円で買収する形となります。そのうち武田株:現金=6:4くらいのイメージです。

 

そうなると、武田は7兆円の巨額の資金のうち約3兆円の現金を用意すると、あとは自社株で対応できると言う「数字上のからくり」が起きてしまいます。

 

そのスキームが可能となる理由として、「買収後の武田株にシャイアー買収分の価値があると見做される」と言う点があげられます。それによって武田株はシャイアー株と等価交換と言う形で一部交換し、残りを現金を支払うと言う形で100%買収を可能としています。

 

武田の買収メリット、デメリットは?

過去にも類を見ない買収となる武田ですが、実際今回の買収においてメリットがあるのでしょうか。またデメリットはないのでしょうか。その点を以下で解説して行きます。

武田のシャイアー買収メリット

希少疾患領域で高い強みをもつシャイアーの製品力を手に入れられる

武田は元々消化器系疾患薬や抗がん剤薬等の製品で強みを持っていましたが、進捗はあるもののオーファンドラッグ(希少疾患領域)での上市ができていない状態が続いていました。

 

しかしシャイアー買収によって希少疾患領域の大幅強化と、強みの消化器系疾患領域やニューロサイエンス領域の強化を図ることができます。

 

研究能力は高いものの、長らく新薬開発が思うように進んでいなかった武田にとっては非常に心強い買収と言えます。

 

買収によって米国売上高比率を34%から48%に引き上げられる

シャイアーは現在米国市場での売上収益が全体の64%となっております。34%の武田がシャイアーと一緒になることで、買収後48%に比率を引き上げることができます。

 

上げ幅がわずかに感じますが、売上収益が実質2倍になっているため、米国での売上比率が大幅に引き上げられることになります。

 

世界の薬品市場で一番大きいアメリカの市場を抑えていくことが世界的ファーマへの道には必要になってきます。

 

売上収益2倍、EBITDAが3倍に引き上げ

実際に売上収益は買収によって2倍に膨らみます。それはシャイアーと武田がほぼ同水準の売上収益となっているためです。

 

併せて営業利益と減価償却費を加味した利益であるEBITDAでは3倍に膨れ上がります。

 

武田としては2014年に発生した糖尿病治療薬・アクトスの訴訟問題等もあり、近年は低収益が続いていました。そのため、利益が出ているシャイアーの買収は、武田にとって急成長に繋がることになります。

武田のシャイアー買収デメリット

シャイアーの有利子負債を引き継ぐ

シャイアーを100%引き受ける武田としては、シャイアーが持っている「負の資産」を引き継ぐ必要があります。

 

実際シャイアーは2017年12月時点で約2兆円以上の有利子負債を有しています。M&Aに積極的であったため、有利子負債が多くなっています。武田は買収に当たってはこの「有利子負債」を全て引き受ける必要があります。

 

武田としても1兆円ほどの有利子負債を持っているため、合わせれば約3兆円の有利子負債を抱えていることになります。

買収における有利子負債の大幅増加

上記の有利子負債の増加以前に、今回の買収における約3兆円の資金を銀行融資によって賄う必要があります。それによって有利子負債が大幅に増加することになります。

 

武田の経営陣としてはこの点については理解の上、M&Aを決行しようとしていますが、客観的に観ると武田の有利子負債が以前の約6倍になってしまうことは、既存の株主や債権者からするとリスクに映ってしまう可能性が高くなってしまいます。

 

株式の増資による既存株主の希薄化懸念

今回の買収スキームで武田は現状のほぼ倍になる発行済株式数になる予定です。すると既存株主にとっては株式価値が半分になってしまう「希薄化」が懸念されます。

 

実際のところは会社の規模が倍になるため大きな希薄化が生まれることは考えにくいのですが、これまでの会社の体形が変わってしまうため、その点では既存株主へのリスクが高まることになります。

 

結果的に懸念された影響が株価に現れました。2018年は1月10日に年初来高値6,693円を付けた武田株でしたが、2月の世界同時株安の煽りを受けて急落していました。

 

その後3月29日にシャイアー買収を検討しているというニュースが出た途端一段安の動きを見せています。株主はこのような不確実さを嫌うものです。

 

シャイアー買収に向けたスケジュールは?

武田のシャイアー買収に向けたスケジュールについて見て行きます。

 

まずは両社それぞれの取締役会で承認し、2018年末から2019年明けにかけて行われる予定の「臨時株主総会」で、シャイアーは「4分の3以上」、武田は「3分の2以上」の株主から賛成を得る必要があります。

 

その後シャイアー側の株主総会の結果を元にスキーム・オブ・アレンジメント手続きによって武田はシャイアー株全株を引き受けます。対価として現金および武田株を提供します。

 

ちなみシャイアー株主に割り当てられる武田株は、東京証券取引所およびニューヨーク証券取引所にて取引が行われる予定です。

 

順調に進めば2019年上旬に買収が完了する予定です。

 

武田のスキームを可能とした、『改正産業力強化法』とは?

武田の買収スキームは対価として自社の株式を用いる形を取りました。言い換えれば「相手の株式価値を担保に資金調達した」ことと同じ効果を生んでいます。

 

要するにシャイアー買収にあたって、シャイアー自身に資金の一部を負担させたことと同じ効果を生み出しているスキームであります。通常の常識では理解し難いことですが、上場会社であるからこそ有効活用できるスキームとも言えます。

 

通常買収対価として自社株を充てる株式交換の場合は、審査等非常に時間がかかることが想定され、利用される頻度は多くありませんでした。しかし、2018年4月に改正された「産業競争力強化法」によって、「自社株を対価とするM&A」に対して特例措置が取られることになりました。

 

恐らく武田の経営陣は法改正によって、今回のスキームを利用できることをできると踏んだため、大型M&Aに踏み切ったのではないかと考えられます。

 

積極的なM&Aに動く武田の背景は?

今回のシャイアー買収が成功すれば、武田は世界トップ10入りを果たすことができ、晴れてのメガファーマとして世界に名を広めることができるようになります。

 

しかしどうして武田がここまでM&Aに拘るのでしょうか。

 

実際のところ武田は直近でもM&Aを頻繁に行っています。例えば2018年1月にベルギーの創薬ベンチャー企業・タイジェニックス社を700億円ほどで買収しています。その他年間数件以上のM&Aをこれまで実施してきました。

 

競争の激しい製薬業界ですが、武田がここまでM&Aを行う理由が「新薬開発スピードの加速および新薬販売のインセンティブ確保」の2点が挙げられます。

 

新薬開発については、現状武田の「フェーズ3」の開発途中の新薬が圧倒的に少ない点がネックとなっています。フェーズ3の次は承認であり、初めて収益化につなげることができます。

 

しかし武田はこのフェーズ3に進んでいる新薬が圧倒的に少ないため、M&Aによって「承認」および「フェーズ3」の新薬を持った同業を買収することで企業価値を高められると考えているのです。

 

今回のシャイアーやタイジェニックスにはフェーズ3や承認の新薬が多くあります。いわゆる「時間をお金で買う」ことを選んだのです。

 

また新薬開発のインセンティブについては、買収する企業でマイルストーンとなる承認済み新薬を作っていれば大幅な収益を期待できるため、こちらも「時間をお金で買う」ということになります。

 

同業同士でのM&Aが増えている理由が上記のメリットを生かすためです。武田としては早くグローバル化を進めたいということから、今回のような大型買収の道を歩いたわけです。

 

武田の株主の懸念、実際どうか?

2018年の1月に年初来高値6,693円を付けた武田株でしたが、6月に年初来安値4,203円を付けるなど、今回の買収に対して売りを仕掛ける投資家が続出しました。

 

株主の一部は武田株はもうだめだという気持ちで売った株主もいるようです。

 

その意見を聞いてみると、「配当が出せないのでは?」や「借金多いのは怖い」といった声が多く、シャイアーがどのような会社かということはあまり関係ないような雰囲気があります。

 

実際武田は「高配当銘柄」として知られています。しかし借金が増えることで配当が払えないのではないかという意見もあります。しかしながら今回の買収によって大幅に利益が積み増されてきます。具体的には武田のEPSに比べてシャイアーは約2.5倍のEPSを叩き出しています。

 

従って武田の将来の配当については、今の武田単体に比べても出す余力が増すことになります。従って配当が出せないという懸念はないかと思われます。

 

特に個人投資家は誤ったニュースに惑わされていることがよくありますので、落ち着いて対処していくことが重要でしょう。

実際今回の買収の成功の見込みは?

今回のスキームを活用した武田の買収は果たして成功するのでしょうか。その鍵は2018年末に予定している臨時株主総会での結論が必要となります。

 

従って単純に成功するとは言い切れませんが、顧客に良い治療薬を提供する企業は必然的に問い合わせが多くなると言われています。

 

今回のM&Aが正しかったかどうかは、臨時株主総会の結果が左右されるため注意が必要です。

 

まとめ

日本企業が海外の自社よりも大きい企業相手にM&Aを仕掛けることが増えていましたが、今回の武田のように、スキームを有効活用したM&Aが今後も増えてくることが考えられます。

 

特に自社株を活用したM&Aは「改正産業競争力強化法」によって取り組みしやすくなったため、より増えてくるでしょう。

 

武田としては激化する製薬業界において取り残されないように、M&Aを通じてグローバルメーカーとしての威厳を押し上げたいというのが本音でしょう。

 

まだM&Aが正式に成立している訳ではありませんが、目論見通りに行くシナリオでは、武田株の現在の評価としては「過小評価」ではないかと思われます。

 

いずれにせよ武田の買収効果がより現れてくるのはまだまだ先の話ですので、正しくスキームを理解した上で武田株の動向を見ていくことが良いでしょう。

コメントを残す