目次
- 親が亡くなってまとまった金額の遺産を相続する予定だけど、借金もある。遺産に借金がある場合の相続税はどう計算するの?
- 借金を負担するのに相続税も負担…というのも納得がいかない。少しでも負担を小さくするためにはどうしたらいい?
相続する遺産の中に借金が含まれている場合には、「債務控除」という制度を利用することができます。
債務控除とは、ごく簡単に言えば「プラスの遺産からマイナスの遺産(借金など)を差し引きし、残った金額に対してのみ相続税を課税する仕組み」のことをいいます。
相続税は一定額以上の遺産がある場合にのみ課税される税金ですから、たくさんの遺産を相続するケースでも、債務控除によって相続税が非課税となることも考えられます。
以下では、相続税を計算する際の債務控除の仕組みについて、具体例を用いて解説いたします。
すでに相続が発生している、あるいは近い将来に親族の遺産相続に関わる可能性があるという方は、ぜひ参考にしてみてください。
相続税が安くなる!債務控除とはどんなもの?
冒頭でも少し説明しましたが、債務控除とは遺産に借金などの「債務」が含まれる場合に、その金額を相続税の課税対象から差し引きしてもらえるというものです。
具体的には、プラスの遺産からマイナスの遺産を差し引きし、その差し引き後の金額をもとに相続税を計算することとなります。
例えば、遺産の状況が以下のようになっていたとしましょう。
- 銀行預金 :3000万円
- 土地と建物 :1億円
- 銀行のローン:5000万円
この場合、プラスの遺産は銀行預金3000万円と土地建物1億円、マイナスの遺産は銀行のローン5000万円です。
そのため、相続税の課税対象となる遺産額は、(3000万円+1億円)−5000万円=8000万円ということになります。
相続税の課税対象となる遺産額が小さくなれば、当然ながら相続税の負担額も小さくなりますので、債務控除が利用できる場合には、必ず相続税の計算に含めることが大切です。
債務控除の適用ができる場合とできない場合
上で見たように、債務控除を利用すれば相続税の負担額を小さくできますが、一定の条件に該当する場合には、相続税の計算に際して債務控除が適用してもらえないケースがあります。
(その分だけ相続税の負担額が大きくなる可能性があります)
具体的には、以下に該当する人は債務控除の適用を受けることができません。
- 相続放棄をした人
- 特定受遺者となる人
- 制限納税義務者となる人
それぞれのケースについて順番に見ていきましょう。
相続放棄をした人
相続放棄とは、「自分は相続には一切関わりません」と家庭裁判所を通して意思表示することをいいます。
相続放棄をした人は、当然ながら相続税を負担する義務もありませんから、債務控除の適用が問題となることもありません。
一方で、相続放棄をした人が、遺言によって遺産の一部を相続することは考えられます。
(遺産相続は、親族の権利として行われる場合と、亡くなった人が作成した遺言によって行われる場合の2パターンがあります。後者のことを遺贈と言います)
相続放棄を行なった人が遺贈によって遺産を相続した場合には、相続放棄によって遺産に含まれる負債の支払い義務は免れていることになります。
そのため、遺贈によって得た遺産に課税される相続税の計算においては、遺産に含まれる負債について債務控除を受けることができません。
ただし、相続放棄をした人が、亡くなった人の葬式費用などを負担している場合は、相続税の計算にあたって、その葬式費用の支出額を遺贈によって得た遺産額から差し引くことが可能となります。
特定受遺者となる人
特定受遺者とは、遺産の一部を明確に指定した上で遺言によって与えられた人のことを言います。
特定受遺者の反対概念が「包括受遺者」で、例えば以下のように異なります。
- 特定受遺者:遺産の中の土地Aを相続する
- 包括受遺者:遺産の3分の1を相続する
この二つがどのように異なるかというと、包括受遺者は債務控除を受けることができますが、特定受遺者は債務控除を受けることができない点が異なります。
包括受遺者(上の「遺産の3分の1を相続する」とされた包括受遺者)の場合、例えばプラスの遺産が3億円、マイナスの遺産が3000万円といったような場合では、双方ともに3分の1だけ相続することになります(プラスの遺産を1億円、マイナスの遺産を1000万円)
この場合には、相続税の計算においては相続した「マイナスの遺産1000万円」については、債務控除として相続税の計算上控除を受けることが可能です。
一方で、特定受遺者は「遺産の中の土地A」だけを相続する形ですから、遺産の中にマイナスの遺産が含まれている場合にも、債務控除の適用を受けることができません。
さらに、特定受遺者は葬式費用を負担していたとしても、その支出額を債務控除としてもらうことができません。
葬式費用は本来は親族が負担すべきものとされていますから、他人である特定受遺者が葬式費用を負担しても、その負担額は相続税の計算上考慮してもらうことができないのです。
(ただし、特定受遺者が法定相続人である場合には葬式費用を差し引きできます)
負担付遺贈について
ただし、特定受遺者でも例外的に債務控除と同様の効果を受けられるケースがあります。
それは遺贈が負担付遺贈である場合です。
遺言によって相続人となる権利を得る場合、「プラスの遺産をあげるかわりに、マイナスの遺産の負担もしてほしい」という形で遺贈を受けることが少なくありません。
例えば、上のケースで「遺産の中の土地Aを遺贈するかわりに、この土地Aを買うために借りたローン1000万円については負担してほしい」という遺言があるような場合です。
このようなケースを「負担付遺贈」と呼びます。
この場合には、遺贈を受けたプラスの遺産(土地A)の相続税評価額を計算する際に、ローンの残高を差し引きすることができます。
これは法律上の言葉としては債務控除には該当しませんが、実質的に債務控除を受けたのと同様の効果を受けることが可能となります。
制限納税義務者となる人
制限納税義務者となる人も、原則として債務控除の適用を受けることができません。
制限納税義務者とは、簡単にいえば海外に住んでいる人のことです(日本国内に住所がない人)
※制限納税義務者に該当しない人は、無制限納税義務者と呼ばれます。通常、日本国内で生活している人は無制限納税義務者です。
制限納税義務者であるかどうかは、相続をする人とされる人の両方について判断されますので、必然的に以下の4パターンが存在することになります。
- ①亡くなった人が制限納税義務者で、相続人となる人は無制限納税義務者
- ②亡くなった人が無制限納税義務者で、相続人となる人が制限納税義務者
- ③亡くなった人が制限納税義務者で、相続人となる人も制限納税義務者
- ④亡くなった人が無制限納税義務者で、相続人となる人も無制限納税義務者
④は一般的な意味でいう相続ですのでここでは問題となりません。
①〜③については、制限納税義務者であっても日本国内に一定期間以上住所がある人など、特殊なケースも考えられ、そうした場合には相続税の適用関係が複雑になることもあります。
海外に住んでいる人が亡くなった場合や、海外に住んでいる人が相続人となる場合には、相続税の計算が難しくなることが考えられますので、注意しておきましょう。
債務控除の対象となる債務の具体例
債務控除の対象となるのは、ごく大まかに言えば「亡くなった人が他人に対して負っていた債務」が該当します。
典型的には、以下のようなものが該当します。
- 銀行や信用金庫などの金融機関から借りていたお金(ローン)
- 金融機関でない、一般個人の人から借りていたお金
- 取引先などに対して未払いとなっている商品代金など
- 入院していた病院に対して支払う必要のある医療費の未払い分
- 税金や水道光熱費などの未払い分
所得税などの税金について
亡くなった人が本来負担すべき税金(相続が発生した日が属する年の1月1日〜相続発生日までの所得に対する所得税など)は、相続が発生した後になって正確な金額が確定するものではありますが、債務控除として遺産の金額から差し引きすることができます。
ただし、亡くなった人が税金逃れをしたことによって追うことになってしまった延滞税や加算税といった税金は、相続控除に含めることはできません。
なお、所得税については相続税の計算のほかに、別途「準確定申告」という手続きが必要となることも知っておきましょう。
準確定申告によって確定した所得税の負担額は、相続税の計算上債務控除に含めることができるというわけです。
亡くなった人が自営業者であった場合には注意が必要
亡くなった人が自営業として商売をしていた人であった場合などは、帳簿などを取り寄せてどれだけの対外的な負債が存在しているのかを調べる必要があります。
(亡くなった人が会社の経営者として事業を営んでいた場合には、会社の名義で負っていた負債は、その人個人の債務ではない点に注意しておきましょう。相続税の計算上、問題となるのはあくまでも亡くなった人が個人の名義で借りていたお金や債務だけです)
住宅ローンと団体信用生命保険について
なお、住宅ローンについては「団体信用生命保険」というものがあることに注意しておきましょう。
団体信用生命保険とは、住宅ローンを借りていた人が亡くなったり、重大な障害状態になったりした場合に、ローンの返済義務を免除してもらえるというものです。
団体信用生命保険によってローンの支払いが免除される場合には、当然ながらそのローンについては債務控除の適用を受けることができなくなります。
葬儀費用について
葬式費用は当然ながら亡くなった人の死亡後に発生する費用ですが、親族が負担をした場合には債務控除に含めることができます。
ただし、親族でない他人が葬式費用を出した場合は、その支出額は債務控除に含めることができません。葬式は通常親族が出すものとされているからです。
例えば、法律上の婚姻関係にはなかったいわゆる「内縁の妻(夫)」が遺言によって遺産を受け取り、亡くなった人の葬式費用も出すようなことはよくあるケースだと思いますが、相続税の計算上は受け取った遺産から葬式費用を債務控除として差し引きすることはできないというのが実務上の扱いです。
また、葬儀費用については、債務控除に含められるものと含められないものがあることにも注意しておきましょう。
債務控除に含められる葬儀費用
以下のような葬儀費用は、相続税の計算上債務控除に含めることができます。
- 埋葬費用
- 火葬費用
- 納骨費用
- 遺骨の回送費用
- お坊さんに渡したお布施や謝礼
- 会葬御礼費用(お通夜や告別式の当日に渡すもので、後日に香典返しを別途行う場合のみ)
- 遺体を捜索するために要した費用
債務控除に含められない葬儀費用
一方で、以下のようなものは相続税の計算上は債務控除として扱うことができません。
いずれも一般常識的には「人が亡くなった時には必要になるもの」といえますが、相続税の計算上は葬儀費用には含めない扱いとなっています。
- 香典返しの費用
- 墓碑や墓地を購入するために要した費用
- 墓地の借り入れ費用
- 初七日や四十九日の法要のための費用
- 遺体の解剖を行うために要した費用
これらの費用を待ちがって債務控除に含めて相続税の申告を行ってしまうと、税務調査などが実施されるリスクが高まりますので注意しておきましょう。
医療費について
亡くなった人が亡くなる直前にまで入院していたような場合には、その入院費用の支払いが相続発生後となるのが普通です。
相続発生後に病院から請求された医療費については、債務控除に含めることが可能となります。
一方で、相続発生前のタイミングで、相続人となる親族が本人のために医療費を立替払いすることもあるでしょう。
このような場合にも、相続開始前に支払ったものであったとしても、支払額を債務控除に含めることが可能です。
また、亡くなった人と生計を一つにしていた人が、亡くなった人のために医療費を支払ったような場合には、その医療費は支払いをした人自身の所得税の計算上、医療費控除として熱い買うことも可能です。
常識的には債務と思えないものが債務控除に含められることも
また、一般常識的には債務とは思われなくとも、法律上は債務として債務控除の対象となるものもあります。
具体的には以下のようなものです。
- 賃貸アパートの居住人から受け取っていた敷金(返還義務があるもの)
- 亡くなった年の所得から生じる所得税や住民税
- 遺産である土地建物に対して課税される固定資産税
これらが存在している場合には、相続税の計算上債務控除として適用し忘れないよう注意しておきましょう。
債務控除の対象とならないもの
以下のようなものは、対外的な債務ではあるものの、相続税の計算上は債務控除に含めることができません。
- 非課税財産に関連する負債(墓地や仏壇仏具を購入するために要した費用の未払い分など)
- 相続に関する手続きを行うために依頼した専門家の費用(税理士・弁護士・司法書士など)
- 遺言執行者に対して支払う報酬
- 遺産の名義書換えに必要な費用(相続登記における登録免許税や印紙税など)
- 他人の借金に関する保証債務
非課税財産(墓地や仏壇仏具)に関する費用が債務控除に含まれないことに疑問を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
非課税財産にはそもそも相続税が課税されませんから、これらを購入するために要した費用は、債務控除として認められないというのがその理由です。
まとめ
今回は、相続税の計算を行う際の「債務控除」の仕組みについて解説いたしました。
実際に遺産相続の手続きを行う際には、弁護士や税理士といった専門家に支援を受けるのが一般的ではありますが、最低限の法律知識については理解しておくのが適切と言えます。
また、相続税の納税は、金額によらず現金で行う必要がありますから、遺産の状況によっては相続人が自身のポケットマネーで納税を行わないといけないケースも考えられます。
(遺産の多くが土地や建物といった不動産である場合にこうしたことがよく起こります)
そのような状況においては、債務控除の計算を正しく行えるかどうかは重要な問題となる可能性があるでしょう。
相続に関連して支払った費用はもれなく領収書等を保管しておくとともに、亡くなった人の財産関係の調査を通して、債務控除に含めることができるものがないのかを入念に調査することが大切です。
本文で解説いたしました債務控除のルールについて正しく理解していただくとともに、実際の相続手続きにおいては専門家(弁護士や税理士が該当します)の助言を受けることも検討してみてください。