財産を所有していた人が亡くなった場合、その人の財産は「遺産」として親族が引き継ぐことになります。
相続人となる親族が1人だけである場合には大きな問題はありませんが、相続人が2人以上いる場合には、「誰がどれだけの遺産を相続するのか」を話し合いで決めなくてはなりません。
この話し合いのことを「遺産分割協議」と呼び、遺産分割協議によって合意した内容は、「遺産分割協議書」という書類にまとめて全員が署名押印する必要があります。
以下では、遺産分割協議書が必要となる具体的な遺産相続の場面について解説するとともに、遺産分割協議を進めていくうえでの注意点について解説いたします。
相続で遺産分割協議書が必要となる場面
相続で遺産分割協議書の作成が必要となるのは、以下の4つのケースです。
- ①相続人となる人が2人以上いる場合
- ②亡くなった人が遺言書を残していない場合
- ③遺言書があるが、その内容とは異なるかたちの遺産分割を行いたい場合
- ④遺言書があるが、内容があいまいである場合
それぞれの内容について、順番に見ていきましょう。
①相続人となる人が2人以上いる場合
相続人となる親族が1人だけしかいない場合には、遺産分割協議書の作成は必要がありません。
そもそも遺産分割協議書とは、「誰がどれだけの割合の遺産を相続するのか」を決めるためのものです。
そのため、相続人が1人しかいない場合には、その人がすべての遺産を相続することになりますから、わざわざ遺産分割協議書を作成する必要がないのです。
相続人となる人が相続放棄した場合
ただし、「本来は相続人となる人は1人だけだけれど、その1人が相続放棄をしたため、相続人が複数人になった」という場合には遺産分割協議が必要となります。
例えば、亡くなった人に子供1人と兄弟3人がいたとして、その子供が相続放棄を行ったような場合です。
この場合、兄弟3人が繰り上がって相続人となりますから、だれがどれだけの遺産を相続するのかを話し合いで決めなくてはなりません。
なお、この場合、相続放棄をした人(子供)は遺産分割協議に参加させる必要はありませんし、遺産分割協議書に記名押印をしてもらう必要もありません。
②亡くなった人が遺言書を残していない場合
亡くなった人が遺言書を残していない場合には、遺産分割協議によって遺産分割の内容を決めなくてはなりません。
逆にいえば、遺言書がある場合には、その内容に従って遺産分割を行うことになりますから、遺産分割協議を行う必要がありません。
多くのケースでは、遺言書で「遺言執行者(相続人に代わって遺産相続手続きを進める役割の人)」が指定されていますから、相続人はその人の指示に従うこととなります。
遺言書の内容は法律のルールよりも優先される
日本の法律では、遺言書の内容は法律の内容よりも優先するルールになっていることを理解しておきましょう。
例えば、法律では「同じ順位の相続人の遺産分割割合はそれぞれ平等」という風に決められていますが、遺言書で「長男には次男よりもたくさんの遺産を相続させる」というように決められている場合には、法律の内容は無視して遺言書の内容にしたがった遺産分割が行われることになります。
遺言書の内容があまりにも不公平である場合
上で見たように、日本の法律では遺言書に非常に強い権限が与えられていますが、遺言書の内容があまりにも不公平なものになっている場合にはどうなるでしょうか。
例えば、遺産が3000万円あり、長男・次男・三男の3人が相続人となる場合で、「遺産3000万円はすべて長男に相続させる。次男と三男には1円も渡さない」という遺言書が作成されている場合を考えます。
結論からいうと、このような場合には「遺留分」という権利を行使することによって、次男と三男は遺産の一部を受け取ることが可能です。
遺留分とは、ごく簡単にいえば「亡くなった人とごく近しい親族関係にあった人が、最低限これだけの遺産は相続させてほしい、と主張できる権利」のことをいいます。
具体的には、亡くなった人の配偶者だった人や、子供や父母は遺留分を行使することができます。
遺留分の割合
遺留分の行使によって、自分に渡すよう主張できる遺産の割合は以下の通りです。
- 配偶者が遺留分を主張する場合:遺留分は遺産全体の2分の1
- 配偶者と子供が遺留分を主張する場合:遺留分は遺産全体の2分の1
- 配偶者と父母が遺留分を主張する場合:遺留分は遺産全体の2分の1
- 子供が遺留分を主張する場合:遺留分は遺産全体の2分の1
- 父母が遺留分を主張する場合:遺留分は遺産全体の3分の1
なお、遺留分権利者が複数人いる場合には、法定相続分に従って遺留分を分け合うことになります。
上で見たケース(長男・次男・三男がいる場合)では、亡くなった人の子供は2分の1の遺留分を持ちますから、それぞれの子供たちは少なくとも500万円の遺産を相続する権利があります(遺産3000万円×遺留分割合2分の1÷3人=500万円)
結論的に、遺言書では「長男にすべての遺産を相続させる」となっていても、次男と三男は500万円だけは相続できることになります。
③遺言書があるが、その内容とは異なるかたちの遺産分割を行いたい場合
上で見たように、遺言書がある場合には、その遺言書の内容に従って遺産分割を行いますから、遺産分割協議を行う必要はありません。
しかし、遺言書の内容が相続人全員にとって不満が残る内容になっている…ということも考えられるでしょう。
このような場合には、遺言書によって相続人に指定された人全員の同意のもとに「遺言書ではこうなっているけれど、全員で同意して違う内容にしよう」と決めることは問題ありません(遺言書の内容と異なる遺産分割協議書を作成することになります)
また、別の方法として「いったんは遺言書通りに相続を完了し、その後に相続人となった人どうしで希望の形になるよう取引を行う」ということも考えられますが、こちらを選択すると別途贈与税や登記費用を負担しなくてはならなくなりますから注意が必要です。
④遺言書があるが、内容があいまいである場合
亡くなった人が遺言書を作成していたとしても、その内容が極めてあいまいであるために、実質的に相続手続きが完了できないということも考えられます。
例えば、「遺産は長男に3分の2・次男に3分の1を与える」という内容の遺言書があったとしましょう。
遺産が現預金のみであるようなケースではこれでもなんとかなるかもしれませんが、遺産が1つの土地であるような場合には、「どこからどこまでが3分の2で、どこからどこまでが3分の1なのか」が不明です。
また、物理的に遺言の内容に従って遺産分割を行うことが不可能であることも考えられるでしょう(遺産が骨董品のみであるような場合など)
このようなケースでは、実際の相続手続きを行うために遺産分割協議を行う必要があります。
上のケースでは、例えば「遺産はすべて売却してお金に換え、そのうえで分割を行う」といったように、現実的な分割方法を話し合いで決めることになるでしょう。
法律上、遺言書には強い効力が与えられていますが、適切な内容となっていない場合には実質的に遺言の効力が無効となってしまうケースもあります。
これから遺産相続に向けて遺言書を作成するという方は注意しておきましょう。
遺産分割協議書にはどんな役割がある?
上で説明した遺産分割協議書は、具体的には以下のような相続手続きを行う際に原本やコピーの提出が必要となります。
- ①現預金の引き出し(口座凍結の解除)
- ②相続登記
- ③相続税申告
以下、それぞれの手続きの内容について順番に見ていきましょう。
①現預金の引き出し(口座凍結の解除)
亡くなった人の名義になっている銀行口座や証券会社の口座は、金融機関側が相続の発生を認識した段階で、解約や払い戻しができなくなってしまいます。
これを「口座の凍結」と呼びますが、これを解除してもらうためには、相続人となる人が遺産分割協議書を提示して手続きを行う必要があります。
これは金融機関側が、本来は相続人としての権利を有していない人に対して払い戻し等を行ってしまうことを避けるための措置です。
講座が凍結されている状態では、当然ながらその預金を使うことはできませんが、相続税の申告期限はそれにもかかわらずやってくることに注意しておきましょう。
相続税の申告期限までに遺産分割が完了しない場合、相続人となる人が自身のポケットマネーで相続税の納税を行わざるを得ないケースも考えられます。
②相続登記
土地や建物といった不動産を、亡くなった人の名義から相続人となる人の名義に移すためには、法務局で「相続登記」という手続きを行わなくてはなりません。
相続登記を行う際には、遺産分割協議書の提出が必要となります(遺産分割協議書に署名押印している人の印鑑証明等も必要です)
そのため、遺産分割協議が完了しない限りは、遺産である不動産は亡くなった人の名義のままということになってしまいます。
相続登記を行うことは必ずしも法律上の義務ではありません(相続登記をしなくても罰則などはありません)が、登記の内容を信頼して取引をした第三者がいるようなケースでは、不動産の所有権を失ってしまう可能性もありますから注意が必要です。
③相続税申告
相続税の計算においては、条件を満たしたときに利用できる「税軽減措置」があります。
具体的には、遺産に住宅を建てるための土地が含まれる場合に利用できる「小規模宅地等の特例」や、亡くなった人の配偶者が利用できる「相続税の配偶者控除」といったものがあります。
これらを利用すると、遺族が負担する相続税の金額が大幅に安くなるケースがあります。
ただし、こうした税軽減措置を利用するためには、相続税の申告書に遺産分割協議書の写しを添付しなくてはなりません。
必然的に、相続税申告を行うタイミングで遺産分割協議が完了していないと、これらの税軽減措置を受けることができなくなってしまいます。
相続税の申告期限は「相続発生後10か月以内」となっていますから、それ以前の時点で遺産分割協議は完了しておくのがのぞましいでしょう。
遺産分割協議書には相続人の間でのトラブルを防止する役割がある
遺産分割協議書は、上で見たような各種の相続関連の手続きを行う際に必要な書類となります。
こうした役割に加えて、遺産分割協議書には「相続人の間でのトラブルを防止する役割」があることを理解しておきましょう。
遺産分割協議書とは、ごく簡単にいえば「誰がどれだけの遺産を相続するのかを定めた契約書」のようなものです。
いったん作成した遺産分割協議書は、相続人全員の同意がないと撤回することができませんから、遺産分割協議書を作成することは、相続にかかわる人たちの間の法律関係を確定するという意味合いもあるのです。
遺産分割協議書作成のルール
もっとも、そもそも遺産分割協議書が法律上のルールにしたがって作成されていない場合には、その遺産分割協議書が無効であることは言うまでもありません。
具体的には、法律上の相続人となる権利を有する人全員が署名押印をしなくてはなりません。
遺産分割協議書に押す印鑑は、印鑑証明を取得している実印を用いるのが適切です。
また、内容の改ざんなどが生じないようにするためにも、遺産分割協議書が2ページ以上になる場合には契印をし、2通以上の遺産分割協議書が必要となる場合には、必ず割り印をするようにしましょう。
さらに安全を期すのであれば、作成した遺産分割協議書を公証役場という役所に持っていき、公正証書にしておくことも検討しましょう。
公正証書とは、公的な立場の役所に書類の内容や作成時期を証明してもらうための手続きです。
作成した遺産分割協議書は各種の相続手続きで使用することになりますが、公正証書の形で作成されている遺産分割協議書は第三者が見たときに信頼性が高くなりますから、各種手続きの進行がスムーズになるというメリットもあります。
遺産分割協議書はいつまでに作成する?
遺産分割協議書は、「いつまでに作らないといけない」というルールは特にありません。
ただし、遺産相続に関するその他の手続きを行う上で、遺産分割協議が完了していないと支障が出ることがあります。
具体的には、相続税の申告を行う際に、各種の税軽減制度を適用してもらうためには、遺産分割協議が完了していること(遺産分割協議書が作成されていること)が条件となります。
そのため、相続税の申告期限で会える「相続開始から10か月」が到来するよりも前のタイミングで、遺産分割協議は完了しておくことがのぞましいといえるでしょう。
相続税の軽減措置を受けるには遺産分割協議の完了が必要
上で「遺産分割協議を完了していないと、利用できない相続税の税軽減措置がある」という話をしましたが、これには具体的には以下のようなものが該当します。
- 小規模宅地等の特例
- 配偶者控除(配偶者の税額の軽減)
- 非上場株式等についての相続税の納税猶予の特例
- 農地等に関する納税猶予の特例
これらの特例を利用するためには、遺産分割を完了したうえで、相続税の申告期限までに税務署に相続税の申告と納付をしなくてはなりません。
申告期限後3年以内の分割見込書とは
ただし、相続税の申告を行うタイミングで遺産分割が未了であったとしても、相続税の申告期限までに税務署に「申告期限後3年以内の分割見込書」という書類を提出しておけば、将来的に遺産分割が完了した段階でさかのぼって相続税の税軽減措置を適用してもらうことが可能です。
もっとも、この場合には相続税の申告期限においては「税軽減措置を適用することなく計算した相続税の金額」を納付しておかなくてはなりません。
(後で遺産分割が完了してから「更正の請求」という手続きによって納税額の一部の還付を受ける形になります)
相続税の申告期限までに遺産分割協議書が作成できていない場合には、相続税の納税負担が非常に大きくなってしまうことがあることを理解しておきましょう。
まとめ
今回は、遺産相続に際して遺産分割協議書が必要となるケースについて解説いたしました。
本文でも見たように、遺産分割協議書の内容には、遺産を相続する権利がある親族全員の同意が必要となります。
意図的に相続人の一部を排除した状態で遺産分割協議書を作成しても、後からその効力の無効を主張されてしまう可能性がありますから注意しておかなくてはなりません。
遺産分割協議書は、実際の遺産分割手続き(不動産の相続登記など)や相続税の申告を行う際にも必要になる重要な書類です。
親族間での無用なトラブルを避けるためにも、遺産分割協議書は法律上の手続きに従って正しく作成するようにしましょう。