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仕事中に不慮の事故や病気になってしまった場合、どうなってしまうのでしょうか?最近でこそ、民間の生命保険による、所得補償保険などで収入減少のリスクをカバーすること人が増えてきましたが、一昔前では、そのような保険があまり知られていなかったため、仕事中に起きたけがや病気で働けなくなった場合の所得保障が問題となっていました。
実際には、働く人が仕事中に病気やけがを負ってしまった場合、労働者災害補償保険(「労災保険」といいます。)から治療に関する費用や、休業している期間における所得補償などが行われます。
実際に労災保険制度は働いているすべての人が加入しなければならない制度ではありますが、費用負担を労働者が行っていない(全額会社が負担しています)ため、なかなか、労災保険制度とはどういう制度なのかということがイメージしにくいところがあると思います。
今回は、労災保険制度についてどのような保障があり、いくらほど保障がされるのかなどについて、くわしく解説します。
1.労災保険とは?
労災保険とは、労働者が業務中又は勤務先に向かって通勤している途中で、事故や病気になってしまった場合に所得保障や給付金などの手当金を支給することで、休業中の所得保障を行う労働保険です。
なお、労災保険は労働者が対象ではありますが、公務員(地方(国家)公務員災害補償法で労災に関する保証を行っています。)や自営業者など(後述する「特別加入制度」で労災保険に加入することができる人もいます)一定の人には、原則として適用されません。
具体的に、労災保険法の目的では、第1条で以下のように規定されています。
目的(1条)
労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするために、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。
目的条文にもあるように、労災保険は労働者の仕事中や通勤途上におけるけがや病気に対する保険給付だけではなく、そのけがや病気などから職場復帰をするために必要な施策を行ったり、労災事故で死亡した労働者の遺族の生活等の援助、職場環境の安全面・衛星面の確保等を行うなど、幅広く労働者の働く環境に必要な保障を行う制度です。
2.労災の認定基準
労災保険は労災により負傷・疾病が発病したと認められなければ保険給付が行われません。これは、近年話題になってきている「長時間労働による過労自殺やうつ病等の精神疾患の発症」等が業務が原因であると判断するかどうかの認定基準が設けられています。
(1)業務災害の認定基準
業務災害は、負傷又は病気を発症した原因が仕事中に起きた事故である場合を言いますが、仕事中に発生した事故のすべてが業務災害として労災保険の適用が受けられるわけではありません。
業務災害として労災保険の適用を行うことが適切かどうかについて、一定の基準を設けており、その基準を満たした場合に業務災害として労災保険による給付や手当の支給を行うことが出来るようになります。
【どんな場合に業務災害となるか?】
仕事中に発生した事故によって負傷したり疾病を発症した場合は業務災害とされますが、先ほども述べましたように、一定の要件を満たさなければ業務災害として労災保険の給付や手当を受けることが出来ません。
仕事中の事故が業務災害に認定されるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」のいずれも満たしている必要があります。つまり、業務中に発生したケガであっても、そのケガや病気の発症原因が「事業主に指示された作業を行っているときに起きたもの(業務遂行性)」であり、かつ、「その業務が自己の直接的な原因であること(業務起因性)」のいずれも満たしていなければ、業務災害として認定されないということです。
・業務遂行性
業務遂行性とは、労働者が事業主の指揮命令下にある状態であることを言います。つまり、事業主によって指示された業務を行ている状態、または、それに付随するような状態であれば、業務遂行性があるとされます。
・業務起因性
業務起因性とは、発生した災害がその業務を実施していることによって引き起こされたものであることを言います。つまり、業務災害の直接的な原因が業務中の作業によるものであることを言います。
この「業務遂行性」と「業務起因性」のいずれの要件を満たさなかった場合は、業務災害として労災保険からの手当が支給されず、健康保険等の公的医療保険から保障が行われることになります。
近年の業務災害の認定については、精神的なストレスや長時間労働などが原因で発症する精神疾患(うつ病など)などの症状についても労災認定をされるケースが増えてきており、業務災害の認定基準の対償が広がってきていることも特徴的であるといえます。
【業務上災害(負傷)に該当する要因】
業務災害は非常に範囲が広く、多岐にわたり認定されることも多いですが、特に業務上に負傷した場合については、認定されるケースと認定されないケースとの明確な違いが規定されていないため、通達などによって定められていることが多いです。
ここでは、業務上の負傷のケースをいくつかあげて、業務災害になるかならないかの具体例を解説していきます。
【1】作業中
作業中の場合は、大半の場合は業務災害と認定されます。ただし、その災害が私的行為によるもの出会ったり、業務逸脱行為、天変地異等のように業務外の理由により発生した場合や業務離脱や担当業務外の行為に従事しているときに発生した場合などは、業務外とされることがあります。
【2】作業に伴う必要又は合理的な行為中
労働者の本来の担当業務ではないが、単なる私的行為とも言えない性質の行為については、その業務が事業主によって特別に出された業務命令により積極的に行うことを認められている場合は担当業務とみなされます。また、事業主から積極的に行うように言われていないものであっても、以下のような場合に該当する場合は、業務上と認められることがあります。
①労働者の担当業務の追行上必要な行為であること
②当該業務を担当する労働者として合理的な行為であること
③特に積極的な合理的または必要性はないが、業務行為の家庭において、通常ありがちな些細な行為である場合
【3】休憩時間中
休憩時間中は、事業主の管理下(事業施設内)にある限り、事業主の支配下にある状態である以上は業務遂行性はありますが、原則として自由行動が許されていることから、その間の個々の行為それ自体は私的行為と考えられます。そのため、その事故が事業場施設内又はその管理に起因することが証明されない限り、一般的には、休憩中の私的行為が原因によって引き起こされた事故とされてしまい、業務災害が認定されないことになる恐れがあります。
【4】出張中
出張中の場合は、一般に事業主の包括的または個別的な命令によって、特定の業務を果たすために、通常の勤務地を離れて用務地へ赴いてから、その用務を果たして戻るまでを一連の業務とみなします。そのため、出張中に発生した事故については、その出張の過程の中で発生したものであれば、原則として事業主の支配下にある状態の中で発生したものと考えられ、業務災害に認定されることがあります。
(2)通勤災害の認定基準
通勤途上で何らかの事故の巻き込まれてしまった場合。通勤災害として労災保険の適用を受けることができる場合があります。具体的には、「通勤」について労災保険法では以下のように定義しています。
通勤の定義(労災保険法7条2項)
労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
①住居と就業の場所との間の往復
②厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
③第1号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当する者に限る)
通勤の定義は、「労働者が、就業に関し、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものをのぞく」(労災保険法7条2項)とあります。つまり、就業を行うために自宅から職場まで向かう移動のうち、業務の性質を有するものではない移動を通勤といいます。
通勤災害は、通勤と相当因果関係(通勤によって災害が発生したものと結論付けることが出来ること)がある災害でなければならないとされており、「合理的な経路及び方法により行うこと」とは、移動に際して、一般に労働者が用いると思われるルートと交通手段をいい、公共交通機関を利用して通勤するルートなどがこれに該当します。
3.業務中に災害に遭った場合
業務中に、事故が発生して負傷したり、その時の事故が原因で病気になってしまったりした場合に労災保険から保険給付が行われます。では、労災保険から行われる保険給付とはどのようなものがるのでしょうか?
【業務災害に関する保険給付】
①療養補償給付
療養補償給付は、原則として、負傷・疾病の治療行為そのものとしての現物給付となります。つまり、災害によってやけど等をして負傷した時に、その治療を行う行為そのものが療養保障給付として現物給付が行われるということになります。
なお、これは健康保険法などの医療保険においても同様の考え方で行われます。
②休業補償給付
休業補償給付は、療養のために休業する機関の所得補償としての給付を行います。休業補償給付は、業務災害が原因で発生した負傷・疾病のため休業をした日から3日間については、待期期間として休業補償給付は支給されません。
③障害補償給付
障害補償給付は、負傷・疾病の治癒後に障害が残ってしまった場合に支給される年金又は一時金が支給されます。障害補償給付は、障害の状態によって、14段階(障害等級1級が最も障害の状態が重く、14級が最も障害の症状が軽い)に分かれており、等級が高くなればなるほど、保険給付の金額が多くなります。なお、障害等級1級~7級の障害の状態であると「障害補償年金」が支給され、8級~14級の障害の状態であると「障害補償一時金」が支給されます。
④遺族補償給付
遺族補償給付は労働者が死亡した場合に、その死亡した労働者の遺族に対して支給される年金又は一時金が支給されます。遺族補償給付は受給することが出来る順位が決められており、また、それぞれの遺族の立場(配偶者なのか、子供なのかなど)によって、受給するために必要な要件が異なります。
⑤葬祭料
葬祭料は、死亡した労働者の葬儀等を行った際に、その葬儀等を行った人に対して支給される葬儀等の費用として支給されます。葬祭を行った人に対して支給されるものですので、死亡した労働者の遺族だけに関わらず、社葬を行ったのであれば、その会社に対して支給されることもあります。
⑥傷病補償年金
傷病補償年金は、労災事故によって負傷したり、病気になっている期間が長期(1年6か月以上)にわたる場合において、その長期休業に係る所得補償として支給される保険給付です。
⑦介護補償給付
介護舗装給付は、障害補償年金又は傷病補償年金を受ける一定の者に支給される介護費用を保障するために支給される保険給付です。
4.通勤途中に災害に遭った場合
通勤災害の場合についても、業務災害の場合と同様の保険給付が支給されますが、一部、業務災害の場合の保険給付とは異なる点があります。
①療養給付
基本的には療養補償給付と同じですが、業務災害の場合は自己負担額は0円であるのに対して、通勤災害の場合は200円の一部負担金が発生する点で異なります。
②休業給付
基本的に業務災害の場合に支給される「休業補償給付」と給付内容は同じです。
③障害給付
基本的に業務災害の場合に支給される「障害補償給付」と給付内容は同じです。
④遺族給付
基本的に業務災害の場合に支給される「遺族補償年金」と給付内容は同じです。
⑤葬祭給付
基本的に、業務災害の時に支給される「葬祭料」と給付内容は同じです。
⑥傷病年金
基本的に、業務災害の時に支給される「傷病補償年金」と給付内容は同じです。
⑦介護給付
基本的に、業務災害の時に支給される「介護保障給付」と給付内容は同じです。
5.事業主も労災に加入できる制度とは?
労災保険制度は、労働者の労働災害に対して所定の保険給付を行い保護することを目的とした制度です。そのため、労働者以外の者が労働災害によって負傷したりした場合であっても、労災保険からは保障は行われず、国民健康保険等の医療保険から保障が行われると考えられています。
しかし、業務内容や災害の発生状況によっては、労災保険の適用対象外の人(中小事業主や自営業者など)であっても、労働者と行っている労働の内容が変わらない状況の人もいます。
そうした人たちについても、労災保険に加入することができる制度として「特別加入」という制度があります。
特別加入制度には、その人の属性(中小事業主などの立場の事)によって3つの区分に分かれます。
【特別加入者の種類】
①第1種特別加入(中小事業主等の特別加入)
一定の要件を満たした事業の事業主やその事業所の家族従事者や(法人の場合は)役員(代表者を除く)等が加入対象となります。
②第2種特別加入(一人親方等の特別加入)
一人親方その他の自営業の者(タクシー運転手、個人貨物運送業者、大工、とび、左官など)が加入対象となります。
③第3種特別加入(海外派遣者の特別加入)
JICA等のように、日本国外の地域のうち開発途上にある地域に対する技術協力の実施の事業を行う団体が、活動を行うために海外に派遣された人等が、加入対象となります。
特別加入者に対する保険給付は、基本的には労働者に対して行われる保険給付と同じ内容ですが、通勤災害の認定基準において「タクシーの運転手や貨物運送業など、車を使用して業務に従事している特別加入者については、通勤災害の適用が行われない」など、一部異なる点があります。
6.まとめ
労災保険は労働者が業務中、または、通勤途上において発生した災害によって傷病を負った場合に保障を行う制度です。近年、社会問題となっている「長時間労働」や「セクハラやパワハラなどのハラスメント」を原因とした精神疾患や自殺などにおいても、労災認定が下されるケースが増えてきました。
労災認定は企業のイメージにも直結することが多いため、なかなか表面的には出てくることが少なく、実際に労災事故が発生していたにもかかわらず、その事実を報告しない(いわゆる「労災隠し」)といった問題も後を絶ちません。
とはいえ、労働者の安全・衛生を守るための制度として労災制度はありますので、まずは、労働者が労災制度の存在を認識していただいたうえで、制度の活用をしていくことが重要になってきます。
労災制度については、他の社会保障制度と同様に労働者・事業者双方が正しく理解したうえで賢く利用することが、健全な会社になるための第一歩となります。