遺産相続をする場合には、誰にどのような取り分があるのかは民法に規定があります。
一方で日本ではまだ長男などが家を継いでいき、嫁に行った子は他の家の人になったので相続には関係しない、という考え方を持っている人もいます。
というやりとりを相談でするような事は多くあります。
実はこのやりとりには続きがある事が多く、
この「遺留分」という制度について馴染みのある方は少ないので、どのような制度なのか、この制度を利用する場合の手続きや、対策について、このページでお伝えしたいと思います。
遺留分という考え方の概要
遺留分(読み:いりゅうぶん)とは、相続において最低限主張できる取り分の事を言います。
このような権利がある理由は、相続というものの考え方を少し深掘りする必要がありますので、すこしお付き合いください。
財産を移転するのは所有権者の自由
まず、日本は資本主義社会ですので、財産は個人が所有しています。
個人の財産はどのように扱うかは自由であるのが原則ですので、誰に売却するか、誰に贈与するか、いくらで売却するかなど自由に決めることができるのが建前です。
遺言は自分の財産の処分に関する最終意思決定
個人の財産をどのように扱うかは自由なので、自分の死後に自分の資産をどのように分けるかも自由に決められるのが建前です。
しかし、自分が死んでしまった後は売却などの行為はできないため、自分が死んだらこのように財産を分けてほしいという意思表示をしておく必要があります。
それが「遺言」ということになり、民法の規定で遺言書を作成することによって自分の財産の処分に関する最終意思決定についての方式を定めています。
相続に関する相続分の規定は遺言が無かった時に争いなく分けるための規定で、遺言でどのように分けるかもまた、自由であるというのが法律の建前です。
遺留分が規定されている理由2つを知る
で、あればそもそも遺留分という規定など必要ないようにも思えますが、以下の事例を参考に遺留分が定められている理由を知っておきましょう。
Aさん(35歳)には妻Bさん(30歳)・子Cさん(8歳)が居ます。
Aさんには愛人Dさんが居て、Aさんは愛人Dさんに自分の持っている財産のすべてを遺贈する旨の遺言書を作成していました。
Aさんは昨年大きな病気にかかりヘルパー等を使わず妻Bさんが介護にあたっていましたが、治療の甲斐なく亡くなってしまいました。
もし「遺留分」という制度がなければ、愛人Dさんはすべての遺産を獲得することができ、BさんCさんは何も相続するものがありません。
しかし、この事例で考えると2つの不都合な点があるのです。
- 例えば、Aさんが購入した住宅にBさんCさんが住んでいるような場合にはDさんから退去を命じられ、Aさんの口座で家計をやりくりしているような場合には、BさんCさんは一文無しで放り出されてしまうことになります。
- Aさんは病気でヘルパーを雇わずに妻Bさんの介護を受けて生活をしていたと考えると、本来ならばヘルパーを利用していればAさんは多額の出費をしていたにもかかわらず、妻Bさんの内助の功で預金を維持できていると考えたときに、残された預金は本当にAさんだけのものなのか、という観点。
そのため、遺族の生活保障という政策的な一面と被相続人の財産にみえない持分がある、という2つの側面から遺留分の請求をすることが認められています。
遺留分がだれにどの程度発生するか
では遺留分は誰にどの程度認められているのかを確認しましょう。
遺産相続においては個人がどのような遺産があるかは人によってそれぞれなので、遺留分として家、預金といった個別的な財産に対する請求権があるわけではありません。
相続分と同じで遺産に対する割合として規定されています。
配偶者・子などの直系卑属といわれる人が相続人である場合の遺留分は、相続分の1/2です。
両親などの直系尊属といわれる人のみが相続人である場合の遺留分は、相続分の1/3です。
すこし具体例をもとに計算すると、
上記のAさんの例で言うと、BさんCさんは法定相続分がそれぞれ1/2づつあり、遺留分はその半分なので、BさんCさんは愛人Dさんに対してAさんの遺産のうち、それぞれ1/4の遺留分を主張することができる、ということになります。
遺留分を侵害する遺言があっても遺言が無効になるわけではない
遺留分を侵害する遺言があった場合に、財産を受け取る人から遺留分相当額を取り戻せる理屈を知っておいてほしいのですが、取り戻せるのは「遺言」が無効になるからではないという事を知っておきましょう。
遺留分は、遺言の内容自体は有効であって、遺言により財産を受け取った人に、受け取った財産から自分たちに返しなさいということができる権利を取得するものです。
ですので、上記の例で言うと、Aさんがした愛人Dさんへの遺言が無効になる結果、Dさんが保有している資産を返してください、というのではなく、Dさんに一旦財産保有することを認めた上で、遺留分に関する民法の規定に従って、相続人に戻してもらうという主張をしていくことになります。
遺留分権利者は遺贈を受けた人にどのような請求ができるのか
では遺留分権利者は、遺留分減殺請求権を行使することによって、どのような主張をすることができるのでしょうか。
民法の規定によると、遺贈や生前贈与によって得た財産を次の順番に従って戻してもらうことになります。
- 遺贈と生前贈与がある場合には、遺贈をまず取り崩しそれでも足りない場合には生前贈与を取り崩す
- 遺贈が複数ある場合には、財産の割合で取り崩し
- 生前贈与が複数ある場合には、新しい贈与から順番に取り崩す
分かりづらいので、次のような例を用意しました。
遺贈1:1,000万円の自動車
遺贈2:500万円の預金
生前贈与1:500万円の宝石
生前贈与2:3億円の不動産
遺留分が500万円である場合には、遺贈1について300万円・遺贈2について200万円分の権利を持っているという状態になります。
遺留分が2,500万円である場合には、遺贈1・2を全部取り戻した上で、生前贈与1も取り戻し、生前贈与2に共同して権利を持っている状態になります。
遺留分を主張するにはどのようにすればよいかの手続き
では、遺留分はどのように主張していけば良いかの手続きについて見ていきましょう。
内容証明の送付
まず、実務的には、遺留分の請求をする旨の配達証明付き内容証明郵便を利用することなりなります。
遺留分の請求のことを専門的には「遺留分減殺請求権(いりゅうぶんげんさいせいきゅうけん)と呼んでいます。遺留分減殺請求権は権利を行使することができるようになってから1年間で時効になってしまいますので、内容証明を利用することで確実に請求の意思表示をすることになります。
- だれの相続についての件なのか
- 遺留分を侵害している原因
- 遺留分減殺請求権を行使すること
遺留分減殺請求書 通知人 この請求書を送る人という意味でつかいます。複数居る場合には連名で記載することもできます。 (住所) (氏名) 被通知人 遺留分減殺請求をする相手方です。 (住所) (氏名) 通知人は、被通知人に対し以下のとおり通知します。 記 通知人は、亡◯◯◯◯(以下被相続人)の法定相続人です。 被相続人は、平成◯◯年○○月◯◯日付け公正証書遺言により、貴殿に対し被相続人の遺産の全てを相続させる旨の遺言を行い、平成○◯年○◯月○◯日に死亡しました。 当該遺言は通知人の遺留分を侵害するものになります。 よって本書面をもって遺留分減殺請求権を行使します。 以上 |
返還する内容について交渉をする
相手方とどのように調整するかについて交渉をします。
たとえば、遺産の総額が1億円の預金だった、というような場合には分轄の話合いはしやすいのですが、遺産が全部銀行預金であるというような事はありません。
遺留分は割合で規定されているとはいえ、遺産について争いのある当事者が不動産を共有するような事になったとしても、その後の調整等も必要です。
遺留分に関しては、遺贈を受けた方から、割合を金銭に見積もってその支払いをすれば良いとする規定もあり、実務上はこの金銭弁済で解決されることがほとんどです。
その金銭を一括して支払うのか、分割にするのか、いくらとして計算するのか、などの交渉をします。
交渉が決裂した場合には裁判を利用する
返還交渉が決裂したような場合や、そもそも遺留分の主張に応じない人に対しては、民事裁判を提訴することになります。
遺留分を主張する相続人が居る場合の対策
相続はある程度事前にどのようにするかの対策をしていく事になります。
その中でどうしても自分達の思い描く相続をしようとすると遺留分を侵害するものになる、という場合も出てきます。
その場合にはどのような対策をしておくべきか考えましょう。
対策例として現預金を用意する
【参考事例】
Aさんには妻Bさん・子Cさん・Dさんが居て、2つの不動産を保有しています。
不動産の1つは、Aさんが妻Bさん、子Cさんと同居しているもので、3階をAさん一家が、1階・2階を賃貸マンションとして貸し出しており、Aさん一家はこの賃貸収益で暮らしています。
またAさんはもう1つ不動産を持っており、商店街の平屋の古いたてもので、雑貨屋に賃貸しています。
自宅兼賃貸マンションの評価額は2億、もう一つの不動産は500万円くらいの価値であると推測されています。
子Cさんは結婚して家を出ていましたが、離婚して子と近くのアパートで暮らしています。
Aさんは健康状態に不安があり、後継ぎである子Cさんに賃貸不動産をスムーズに継がせたいという希望があります。
この事例において、Aさんは、ある程度税金を払ってしまっても良いので、Cさんに賃貸マンションを、Dさんに平屋の店舗を分けう遺言を考えていました。
しかし、明らかに賃貸マンションと平屋の店舗の価値が違いするぎる結果、Dさんの遺留分を侵害するおそれがあることがわかりました。
Dさんは離婚して子どもと暮らしており、金銭的な余裕次第では遺留分減殺請求をしてくる可能性が高い事案でした。
そこで、私のアドバイスによりAさん一家は次のような対策を取ることとしました。
- 遺言でCさんにすべての遺産を相続させることとする
- 平屋の店舗は売却して預金にしておく
- 生命保険の受取人をBさんにしていたものをCさんに変更する。
遺留分減殺請求の行使に対しては、金銭に見積もって補償をすれば、遺贈で受けたものを取り戻されることにはならなくなります。
もし賃貸マンションと平屋で分けてしまった場合、遺留分請求をDさんがCさんに対してした場合、CさんがDさんに対して支払いができる現金がなく裁判で負けた場合には、賃貸マンションに対する権利行使を容認することになってしまいます。
Bさんが受け取る予定だった生命保険はBさんが受け取ってCさんのために支払いをすると、贈与と認定されて贈与税の課税対象となる可能性もありましたので、受取をCさんに変更することで、受取った保険金も遺留分減殺請求に利用できることになります。
他にも様々な対策案が
上記は一例であり、その他にも様々な対策方法があります。
たとえば重大な侮辱行為があったために相続人にしたくない、というような場合には、家庭裁判所に申請をして相続人から外す「廃除」という手続きがあります(近年認定されることが難しいといわれています)。
また、生前贈与をする見返りとして、遺留分を放棄させる、という方法を利用することで、被相続人が死亡した場合に遺留分減殺請求をしないように合意する方法があります。
さらに、株式会社のオーナー社長が子に株式を移転する際に、他の子の遺留分を侵害する結果株式が対象財産になってしまう可能性がある場合には、遺留分を算定する際の基礎財産から除外する合意(中小企業経営承継円滑化法4条1項1号・5条)を取り付けるといった方法もあります。
まとめ
このページでは遺留分についての基本的な事項について説明をしてきました。
まず、兄弟姉妹以外の相続人には、遺言で0としても、最低限の補償額として遺留分という権利がある、という事を知っておきましょう。
その上で、自分の相続分が侵害されているような場合には、時効の期間以内に内容証明で遺留分の減殺請求権をする、ということを知っておきます。
また相続の事前対策として遺留分の侵害をする相続人が居る場合には、請求される側に補償のための金額をしっかり渡せるようにしておく、ということを押さえておきます。
相続については法律・税金・実務的な知識といった複合的な専門分野になりますので、心配な場合には専門家に相談することをお勧めします。